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コラム

企業からのメッセージを従業員はどう受け取るのか:精緻化見込みモデルからの検討

コラム

人事施策を実施する際、企業側から様々なメッセージを発信します。例えば近年話題になっている施策として、正社員を業務委託契約に切り替え、個人事業主として働いてもらうという制度があります。この制度を導入した企業では、「新しい働き方を求める社員の声に応じて決定した」「たくさん働きたい人に対して報いる仕組みとして導入した」といった説明をしており、人件費の削減やリストラ策ではない、としています(※1,2)。

しかし、メッセージを受け取る側である従業員は、メッセージの内容をあまり良く読まなかったり、逆に、内容をよく読み込んで自分にとってのメリット・デメリットを精査し好意的に受け取るなど、様々な反応の違いがみられるでしょう。

このような反応の違いは何から生まれるのでしょうか?今回は、説得研究における「精緻化見込みモデル」を援用しながら、企業から従業員にメッセージを届ける際の工夫について考えてみたいと思います。

 

著者:小田切 岳士

同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師、臨床心理士。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタートした後、現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。

 

精緻化見込みモデルとはなにか

精緻化見込みモデルとは、心理学者Pettyと社会神経学者のCacioppo(※3)によって発表された、「説得を受けたとき、人はどのように態度を変化させるか」について説明するものです。

このモデルでは、人が説得を受けたとき、2つのルートのどちらかをたどる可能 性があるとしています。一つは、メッセージの内容を細かく分析し、根拠 がはっきりしているか、それは正しい情報かなどを確認してから、説得を受け入れるかどうかを判断 する「中心ルート」と呼ばれるもの。もう一つは、メッセージの内容よりも、メッセージの発信者が誰なのか、世の中でどれだけ話題になっているか、などによって判断 する「周辺 ルート」と呼ばれるものです。さらに、どちらのルートをたどるかを決定するのは「関心度」と「知識」であり、それぞれが高ければ中心ルートを、低ければ周辺 ルートをたどるとされています。ここでいう関心度とは、「説得されるテーマに関してどれだけ関心・動機 を持っているか」ということであり、知識とは、「メッセージの内容をどれだけ精査できるか(内容について詳しいか)を指しています。

 

 

このモデルを、車の購入に 当てはめて考えてみましょう。例えば、何らかの理由で車がどうしても必要
になった人(関心度が 高い)、また車の性能について詳しい人(知識が高い)は、CMや宣伝だけでなく、性能表をよく見たり他社の車と比較したりするなど、情報を詳細に確認したうえで購入の判断を下
します(中心ルート)。
一方、車が絶対に必要というわけではなく(関心度が 低い)、車についての知識がほとんどない人(知識が低い)は、車そのものの性能ではなく、どれだけCMをよく目にするか・CMにはどんな有名
人が出ているか・車の見た目がかっこいいか、などといったことから判断しようとします(周辺ルート)。

まとめると、精緻化見込みモデルとは「説得内容を、どれだけ詳細に分析し検討する可能性( =精緻化する見込み)があるかによって、説得を受け入れる際の判断基準が異なる」とするモデルです(※4)。

 

精緻化見込みモデルからみた人事施策

精緻化見込みモデルは対人間での説得研究にとどまらず、メディア研究や、マーケティング研究、消費者行動論など、様々な領域で盛んに取り入れられていきました。
一方で、人事施策とそれに対する従業員の反応を「企業と従業員とのコミュニケーション」と捉える、ここにも精緻化見込みモデルを当てはめられます。人事施策に対する従業員の関心度と知識は、企業からのメッセージを精緻化する可能性にどのように影響し、どのような効果をもたらすのでしょうか。

このテーマを取り扱った数少ない研究の一つに、経営学部の大学生を対象に、成果主義に対する態度について精緻化見込みモデルを適用した松山ら(※5)の報告があります。この研究では回答者である大学生に、「自分が民間企業に就職して3年目の社員で、企業から成果主義導入に関するメッセージが発表された」という設定で、質問紙に回答してもらいました。

結果、成果主義への関心度が高いとき、あるいは成果主義に関する知識が少ないとき、成果主義の実施が「従業員のためになること」を強調しているメッセージである(従業員の意欲を高めることができるから重要である、など)ほど、回答者の成果主義に対する態度はより好意的(成果主義は好ましい、大切である)になりました(下図赤枠)。

逆に、成果主義への関心度が低いとき、あるいは知識が多い場合は、メッセージの内容が「従業員のためになること」を強調していてもしていなくても、成果主義に対する態度は変化しにくい(影響を受けにくい)ということもわかっています(下図青枠)。

 

 

注意したいのは、「従業員のためであるというメッセージ内容によって、態度が好意的に変化した」という結果は、メッセージ内容を精緻化したことによるものとは言えないことです。もしそうであれば、
関心度が高い場合だけでなく、知識が多い場合でも態度が好意的にならなければなりません。さらにいえば、”メッセージ内容を文字通りそのまま受け取る ”ということは、精緻化できていないことの表れとも捉えられます。

この結果を解釈する上での仮説として、「関心度と知識は、精緻化における役割がなる」ということが考えられます。つまり、関心度は提示されたメッセージをひとまず受け取る(確認する基準であるのに対し、知識はそれが世間一般における知識や事実と照らし合わせてどのような意味を持つかを判断する(本質的な意味での精緻化)基準となる、ということです。

本研究でいえば、成果主義への関心度が高く知識が少ない人は、企業から発信されたメッセージを受け取りはしますが、成果主義が実際にどのような仕組みであるかについての知識は低いため、「従業員のためである」というメッセージ内容を文字通り解釈し、成果主義を好意的に受け取ったということです。

他方で、成果主義への関心度が低い人は、そもそも企業からのメッセージを受け取らなかった。また、知識の高い人は成果主義が実際ににどのような仕組みかを客観的に理解しているため、メッセージ内容から大きく影響を受けることはなかった(態度が変わらなかった)、と推察できるでしょう。

 

 

上記の仮説に基づくと、少なくとも従業員の施策に対する関心を高めることから始めなければ、そもそも施策実施時のメッセージを受け取ってもらうことすらできなさそうです。

では、関心度を高めるためにはどうすれば良いのか。ヒントとして、分野は異なりますが、社会問題について紹介するウェブサイトの内容が、問題への関心度・態度変容にどのように影響するかを調べたCyrら( ※6)の研究があります。この研究においては、サイト上に掲載されていた議論 の質(中心ルート)に加えて、画像のわかりやすさ、サイトの使いやすさ、他の利用者との交流など(周辺ルート)の情報も、問題への関心度を高めていました。

このことから、施策を実施するにあたっては、企業から発信するメッセージ・情報を、従業員にとってわかりやすく、アクセスしやすい方法で提示していく必要 があるといえるでしょう。

 

 

さらに、オンラインによるやりとりはメッセージの精緻化にも影響を及ぼす( 関心度を下げる)可能性があるという指摘もあります(※7)。特に強調したい施策・メッセージについては、文字情報での発信だけでなく、解説動画や、経営層・人事担当者が出演して説明するビデオメッセージなどの作成も検討したほうが良さそうです。

そのような工夫により関心度 が高まれば、企業から発信された自身にとって好意的な情報を受け取る可能性がより高まることが期待できます。

ただし、情報を提供し続けていくことは、いずれ知識による本質的な精緻化を進めることにも繋がります。そうなれば、情報の提供の仕方などといったテクニカルな方法を模索することに終始するのではなく、真摯なメッセージを丁寧に伝え続けていくフェーズに入ったといえるでしょう。


※1:日本経済新聞「電通 、社員230人を個人事業主に新規事業創出ねらう」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66103760R11C20A1916M00/?n_cid=SNSTW001
(2021年4月8日閲覧)

※2:庄司容子「タニタ社長「社員の個人事業主化が本当の働き方改革だ」」日経ビジネスhttps://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/071800034/(2021年4月8日閲覧)

※3:Petty, R. E., & Cacioppo, J. T. (1986). The elaboration likelihood model of persuasion. In Communication and persuasion, 1-24. Springer, New York, NY.

※4:ここで気をつけたいのは、ルートの違いはあくまでも判断基準の違いに影響するものであり、そ
の判断基準の信ぴょう性や説得される側への影響力などによって、どちらのルートをたどっても、肯定・否定的な態度変容どちらもがありうるという点です。

5※:松山一紀, 高木浩人, 石田正浩. (2008). 人的 資源管理施策の受容促進における精緻化見込みモデルの適用可能性-大学生を対象とした調査.産業・組織心理学研究,22(1), 27-37.

6※:Cyr, D., Head, M., Lim, E., & Stibe, A. (2018). Using the elaboration likelihood model to examine online persuasion through website design. Information & Management,55(7), 807-821.

7※:Stone, D. L., & Lukaszewski, K. M. (2009). An expanded model of the factors affecting the acceptance and effectiveness of electronic human resource management systems. Human Resource Management Review,19(2), 134-143.

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