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コラム

優秀な若手社員はなぜ離職するのか? ~D社の離職要因調査の事例~

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「若手社員の離職が増えている。特に一人前になって、『これから』というタイミングでの離職。しかも深刻なことに優秀層が抜けてしまう。何が原因か。どんな手を打てば良いのか」

ここ数年、弊社には「若手優秀人材」の離職に関する相談が増えています。特によく持ち込まれるのが入社3年目から7年目あたりの、将来を期待された幹部候補の社員の離職です。

一般的に、社員の離職は「技能を蓄積・継承しにくくなる」といった負の効果をもたらします(Bennett, Ketchen, and Schultz, 1998)。離職率が高いと組織業績が低いという結果も提出されており(Batt, 2002)、企業にとって離職は看過できない現象です。

更に「若手」の「優秀」な社員の離職となると深刻性が引き上がります。自社に合った人材を集めて選んで動機づけをして採用し、新人研修・OJT・Off-JTを通じて育成を施してきた人材。そして、今後は会社の中核を担い得る人材。一番残り続けてほしい若手優秀人材がいなくなるのは損失です。

そうでなくても最近は「売り手市場」が続いています。労働市場において人材を獲得するのは、新卒・中途を問わず大変です。とりわけ優秀な人材は引く手あまたの状況ですから、せっかく入社してくれた若手優秀人材が会社を去ることは避けたい。なんとかならないものか。

本コラムで紹介するD社は、まさにそのような問題意識を持って弊社を訪れました。弊社はD社における若手社員の離職理由を検討するため、調査を行いました。具体的には、D社の若手社員を対象に定量調査(アンケート)と定性調査(インタビュー)を実施しました。

本コラムにおいては、両調査の結果見えてきた論点を幾つか取り上げます。そのことによって、日本企業の中でなぜ若手優秀人材の離職が発生しているのか、その一端を紹介できればと思います。

 

1.成長実感の頭打ちによる離職

D社は総じて「成長意欲」の高い人材が入社していました。ここでいう成長意欲とは、自分の能力を高めたいと考える意識を指します。D社の新入社員は、D社における仕事を通じて自身が成長できることを望んでいました。

D社において入社1・2年目は新しい仕事が多く、ついていくだけでも精一杯とのことでした。慣れない仕事の中で失敗も経験しますが、同時に「できること」が着実に増えていく時期でもありました。

そのためD社の1・2年目社員は「成長実感」を覚えながら働いていました。不慣れな仕事に戸惑いはあるものの、自身の能力が拡大していく感覚を味わえ、充実した日々を過ごしているようでした。

しかし、3年目になると「成長実感」に陰りが見え始めます。仕事に慣れてきて「マンネリ化」し、自分の成長が「頭打ち」しているように感じられるのです。同じ仕事を続けると学びが頭打ちになることを「内容プラトー」と呼びますが、3年も経てば多くの職種で内容プラトーが発生し得ることが指摘されています(Bardwick, 1986)。

成長実感の頭打ちが維持されたまま、4年目に到達する頃には、D社の若手社員は「自分のキャリアはこのままで大丈夫だろうか」と不安になります。多忙なプロジェクトが終了して一息ついた際に、ふとキャリア焦燥感に苛まれる人もいました。

D社に限らない傾向として、若手社員は仕事に慣れてくると、自分の能力が社外でも通用するか不安になりやすい傾向があります(尾形, 2016)。そのことを考慮すれば、D社のように成長実感の停滞がもたらすキャリア焦燥感は、それに輪をかけた大きさであると考えられます。

キャリアに対する不安と焦りに駆られたD社の若手社員は、成長できる機会を求めて、他社の求人情報を閲覧するようになり、自身が成長できそうな環境を見つけると、その会社に転職していくのです。これがD社の若手社員に起きていたことでした。

 

2.成長支援を行わない管理職

ところで、離職の影響要因を総合的に検証した研究では、「上司との関係性の質」が離職意思を高低させることが指摘されており(Gerstner and Day, 1997)、日本の文脈でも転職希望者の方が上司との関係が良好ではないことが示されています(安田, 2008)。

D社において成長実感が得られにくくなった若手社員に対して、その上司にあたる管理職は何をしていたのでしょう。結論を言えば、若手社員の成長を十分に支援できていない実態が明らかになりました。

D社の管理職と若手社員は、普段から全ての側面でコミュニケーションが不足していたわけではありません。ただし、重要なことに上司部下間のやりとりのほとんどが「仕事」の助言や指導だったのです。一方で、若手社員のこの先の「キャリア」の話については、年1回の面談で話し合われるだけの職場も珍しくありませんでした。

若手社員の成長を支援するためには、各人のキャリア志向を把握している必要がありますし、もっと言えば、キャリア設計を促す必要があります。「成長」と言っても、どの方向へ進んでいきたいかは人それぞれであり、管理職は若手の志向するキャリアを把握した上で、会社として提供可能な仕事内容をすり合わせなければなりません。

けれども、D社の管理職は部下である若手社員に対して、そのような働きかけができておらず、結果的に、キャリア志向に応じた成長機会を提供できていませんでした。そうして成長実感の頭打ちは「放置」され、やがてキャリア不安へと変化して離職に至っていたのです。

 

3.調査結果に基づく改善策

弊社が離職を巡る実態をD社にフィードバックした際、人事担当者は驚きを示しました。なぜなら、D社は新卒採用において「成長できる環境」であることを「強み」として打ち出していたからです。

実際、その点が学生にも評価され、D社は「成長意欲」の高い学生を獲得することに成功していました。ところが、自分たちの組織の強みと認識していたものが、蓋をあけてみれば、巡り巡って離職の要因へと繋がっている。そのことに対して、D社の人事担当者は衝撃を受けたのです。

調査結果をもとに弊社とD社は議論を重ね、その末に、管理職による成長支援機能を強化させる方針を打ち出すことになりました。上司からの成長支援が弱いと、成長実感の頭打ちを回避しにくいからです。

どんなに自律的に行動する若手でも、独力で手にできる成長の水準には限界があります。成長機会となる仕事を付与するのは管理職なのです。管理職の意識と行動が変わらなければ、今の状況は変わらないと判断しました。

そして、手始めに実行できる施策として、今回の調査結果を管理職に伝えた上で、若手のキャリア設計を支援するための技法を研修で教えることになりました。意識を変えてもらうことに加えて、働きかけのスキルを獲得してもらおうとしたのです。

更に将来的には、部下に対する成長支援の行動を管理職の評価項目に組み入れることも視野に入れています。評価に含み込むことができれば、成長支援が重要であるという会社の姿勢を社員により明確に打ち出せます。

 

4.D社の事例が持つ含意

以上の通り、D社では一人前になってきた若手優秀社員が離職してしまうという課題感を持っていました。なぜそうなっているのか調査した結果、成長実感が目減りし、キャリアに焦りを覚えて、成長機会を求める形で他社に転職していること。更には、若手社員の上司は仕事の支援はしているが、成長の支援の前提となるキャリアの支援が行えていない実態が見えてきました。

D社の事例は、二つの観点で示唆深いと考えられます。第1に「採用」と「育成」の関係性という観点です。D社は採用で成長意欲の高い優秀人材を獲得できていました。その一方で、成長実感に敏感な彼らが満足できる育成環境を提供できていませんでした。

採用と育成が連動していないが故に、採用の長所が育成の短所をもたらし、離職が引き起こされていたのです。採用が成功裏に進んでいる企業ほど、育成の質に注意を払う必要があるということでしょう。

第2に「時間感覚」の観点です。D社の若手社員は、やがて到来するであろう「昇進」に伴う責任の拡大を待たず、離職していました。昇進を果たすまで会社にとどまれば、成長実感は回復できたかもしれませんが、それまでの期間を耐えることは難しかったのです。

従来、年功序列をはじめとした日本的な人事制度が「会社に残り続けた方が得」という心理を作り出していたと言われますが(鈴木, 2002)、D社の若手社員の中には、そうした心理はあまり芽生えていなかったと思われます。

ゆっくりとした選抜・昇進と共に責任の範囲が拡大していく、従来の人材マネジメントの方式は、もしかすると、ある層の若手優秀人材の価値観には合っていないのかもしれません。だとすれば、企業によっては、人材マネジメントのあり方を再考する時でしょう。

#伊達洋駆

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