福利厚生が機能しないのは何故か? -「人事帰属」の重要性-

企業で行われる様々な施策の中には、福利厚生制度や各種補助制度など、「従業員のため」という理由で行われているものがあります。また、それらが実施される背景には、「施策の実施が、従業員定着や生産性向上などといった望ましい結果をもたらすだろう」という想定があります。


本当にその想定が正しいとすれば、「全ての施策は望ましい結果をもたらす」はずです。しかし実際には、なかなか効果が現れなかったり、かえって逆効果となることもあったりと、施策の“実行”と“結果”の間には複雑な関係性がありそうです。


人事施策と結果の間に横たわる”ブラックボックス”を解明するにあたって、今回は「人事帰属」という概念に着目し、どのような施策が望ましい結果をもたらすのか手かがりを得たいと思います。



著者:小田切 岳士

同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師、臨床心理士。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタートした後、現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。


帰属とはなにか


人事帰属の説明に入る前に、まずは帰属について説明しましょう。「帰属(Attribution)」とは、人が、自分自身や他者の行動に対して、その理由や原因を“何のせいであるか”と推察することを指します。社会心理学者のHeider(※1)は帰属がどのように行われるかを体系化した「帰属理論」を提唱しました。


帰属理論の基本的な考え方として、帰属には大きく分けて2種類あることを仮定しています。1つは、その行動の原因をその人自身に帰属する「内的帰属」。もう1つは、原因をその人の周囲の環境や運などに帰属する「外的帰属」です。


たとえば、ある人のテストの点数が悪かったときに、その理由を「あの人は怠惰で勉強していなかったから/能力が劣っているから」と考えるのは内的帰属、「空調が効かない部屋で試験をしたから/試験自体が例年以上に難しかったから」と考えるのは外的帰属となります。


人事施策と結果との間に現れる「人事帰属」の影響力


では、このような帰属の仕組みと人事施策の間にはどのような関連があるのでしょうか。


冒頭のとおり、福利厚生制度や各種補助制度などが行われる背景には、「施策の実施が、従業員定着や生産性向上などといった望ましい結果をもたらすだろう」という想定があります。


しかし、人事施策とそれに対する結果はそのような単純な関係性であると言い切れなさそうです。 NishiiとWright(※2)は、それぞれの人事施策に対して、まず従業員はそれが行われた理由の“帰属”をし、そこでの認識や解釈が、その後の態度や行動に影響する可能性を示唆しています。


例えば、ある施策が「企業の公正性の精神から/従業員離職を抑制するために」行われていると考えれば内的帰属であり、「法律を遵守するために」行われていると認識した場合は外的帰属が行われている、といえます(※3、※4)。


さらにNishiiら(※5)は、内的帰属を下表のような2×2に分類できるとしたうえで、人事施策の”意図”に対するこれらの帰属を「人事帰属(HR Attribution)」として提唱しました。

ここまでをまとめると、人事施策とその結果の間には、「実施→望ましい結果」というシンプルな因果関係ではなく、「実施→人事帰属→結果」というプロセスが存在する。さらに内的人事帰属には複数の次元が存在する、ということになります。


施策が従業員の望ましい態度や行動を引き出すためには、望ましい態度や行動を引き出す形で従業員によって帰属される必要がある、ということが考えられます。


どんな人事帰属が望ましい結果をもたらすのか


それでは、「望ましい結果をもたらす人事帰属」とはどういったものなのか、実証研究を見ていきましょう。


Nishiiら(※5)がスーパーマーケットチェーンの従業員を対象に行った調査では、現在の人事制度・施策が「サービス品質向上のため」「従業員の幸福のため」(表の「コミットメント焦点」)に行われていると帰属すると、情緒的コミットメント・従業員満足度を向上させることが判明しました。


一方、「コストを削減するため」「従業員を目一杯働かせるため」(表の「コントロール焦点」)に行われていると帰属すると、情緒的コミットメント・従業員満足度を低下させることもわかっています。

Nishiiらの結果は、その後に行われている複数の研究でも概ね支持されています(※6)。例えばVan De VoordeとBeijer(※7)は、オランダの労働者を対象にした研究で、従業員のコンピテンシー,コミットメントや生産性を重視する人事制度(※8)に対し、「従業員の幸福のために行われている」と従業員が帰属すると、コミットメントの向上・ストレス反応の良化をもたらすことを明らかにしています。


反対に、「従業員にパフォーマンスを上げさせるために行われている」と帰属すると、ストレス反応の悪化をもたらしました。



「どんな施策か」以上に、「何のための施策なのか」がより

重要


今回は人事施策とその結果の関係性に影響する、人事帰属の効果について見てきました。学術研究の知見からは、

① 施策に対して、従業員はその施策の意図について帰属を行い、そこでの認識や解釈が結果としての従業員の行動や態度につながる。

② 特に「この施策は“自分たち”の“幸福のため”に行われている」という従業員が受け取ることで、望ましい結果を引き出すことができ

という2点が明らかとなりました。


人事帰属の知見は、理論的にも重要な意義を持っています。以前のコラムで取り上げた「互恵性」という概念に基づくと、「従業員にとってプラスとなる施策には、従業員はポジティブな反応を返す」ということでした。


しかし人事帰属の知見を取り入れると、実際に従業員にとってプラスな内容である施策であったとしても、その施策を従業員が「会社の利益を上げるため」「コストを下げるため」と捉えてしまった場合、望ましい結果を引き出すことはできない、ということになります。最近特に盛んな副業制度やキャリア自律を取り巻く議論についても同じような視点で捉えられそうです。


施策を設計する際には、「どのような施策なのか」という施策の内容以上に、「何のための」「誰のための」施策なのかという意図や設定について検討することが重要であるといえるでしょう。かつそれらは、施策の発信者側の意図や狙いだけではなく、帰属を行う主体である従業員がどう捉えるかという視点が考慮されていることが必要不可欠です。

※1:Heider, F.(1958)“The psychology of interpersonal relations”, New York: John Wiley,


※2:Nishii, L. H., & Wright, P. (2008). Variability at multiple levels of analysis: Implications for strategic human resource management. The people make the place, 225, 248. Routledge.


※3:Koys, D.J. (1988). Human resource management and a culture of respect: Effects of employees’

organizational commitment. Employee Rights and Responsibilities Journal, 1, 57-68.


※4:Koys, D.J. (1991). Fairness, legal compliance, and organizational commitment. Employee

Rights and Responsibilities Journal, 4(4), 283-291.


※5:Nishii, L. H., Lepak, D. P., & Schneider, B. (2008). Employee attributions of the “why” of HR practices: Their effects on employee attitudes and behaviors, and customer satisfaction. Personnel psychology, 61(3), 503-545.


※6:Hewett, R., Shantz, A., Mundy, J., & Alfes, K. (2018). Attribution theories in human resource management research: A review and research agenda. The International Journal of Human Resource Management, 29(1), 87-126.


※7:Van De Voorde, K., & Beijer, S. (2015). The role of employee HR attributions in the relationship between high‐performance work systems and employee outcomes. Human Resource Management Journal, 25(1), 62-78.


※8:このような人事制度やシステムは「High Performance Work System(HPWS)」と呼ばれ、人事関連の研究対象として取り上げられています。

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