『人と組織のマネジメントバイアス』に寄せて(4):福本俊樹氏

株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆は、曽和利光氏(人材研究所 代表取締役社長)との共著『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)を上梓しました。本書の出版にあたり、福本俊樹氏(同志社女子大学)にご依頼し、書評を寄せて頂きました。

今回のコラムでは、福本氏による書評と、伊達の応答を掲載します。

書評 福本俊樹氏

本書については、すでに他の評者からの書評がいくつか公開されているため、ここでは内容の要約などを繰り返す代わりに、「本書をどう読むべきか」についての私自身の「バイアス」を、人事の実務家と研究者のそれぞれに向けて示してみることにしよう。

本書の主張は、人や組織のマネジメントにおける実務家の常識(経験や勘)の多くは「誤った思い込み(バイアス)」であり、それらはきちんと検証された学術知に置き換えられる必要がある…とまでは言わずとも、実務家はこれら学術知にもっと耳を傾けてみるべきではないか、その方がよりよいマネジメントを実現できるのではないか、というものである。本書のこうした試みは、「産学に横たわる溝の橋渡し」を志向するものであり、そこには広く期待が寄せられるだろう。が、この点、本書は(著者自身も書評へのリプライの中で言うように)「ツッコミどころ満載」のものでもある。たとえば、「この学術知は人事の実務には当てはまらない」とか「そもそもこのような常識(=誤った思い込み)など人事担当者は持っていない」という実務面でのツッコミ、あるいは、「この学術知の解釈はご都合主義的だ」という研究面でのツッコミは、いとも容易になしえるだろう。

もちろん、こうした「読み方」は「正しい」。だが、「正しい」がゆえに、本書の「旨味」をことごとく取り逃してしまうことになると、私は思う。あるいは、このように言った方がいいかもしれない。この世のどこかに唯一無二の「正解」があることを想定している人-人や組織のマネジメントにおいていかなる場合にも通用する「正しい知」があると思っている人、何が学術知に置き換えられるべき誤った常識であるかを「正しく見抜く」ことができると思っている人、そして、学術知には「正しい解釈」があると思っている人-は、本書の「旨味」を「雑味」に感じてしまい、上述のようなツッコミを入れることでついそれを「正したく」なるのだ、と。

実のところ本書は、こうした「正しさ」に取り憑かれた人たちに向けて、「考え方を変えてみてはどうか?」という提案を行うものである。そうして人々を、「正解のある世界」から「正解のない世界」へと誘い、さらには、そこでどのように思考し行為していくべきかの手ほどきを施すものである。

本書のキー・コンセプトである「バイアス」にしても、それは単に「正しさに置き換えられるべき誤った思い込み」のことではない。それは、誰もが不可避的に持つ「偏り」を指しており、重要なことは、私たちの信じる「正しさ」もまた、ひとつのバイアス(偏り)であるということだ。それゆえ、バイアス(偏り)は、原理的に解消できるようなものではないし、解消すべきものでもない。なんらかの「正しさ」(=バイアス)なくして、私たちは思考も行為もできないからだ。しかし問題は、「正しい」はずのバイアスが、ときに「誤り」にも転じてしまうことである。周知のように、人は「正しさ」に囚われたときにこそ、最も大きな「誤り」を犯してしまう。つまりバイアスは、一方では私たちの思考や行為を導く有用なものでありながら、他方ではそれらの柔軟性を削ぎ、固定化させてしまう厄介なものでもある。著者たちが警鐘を鳴らすのもまさにこの後者の点であり、自分自身の信じる「正しさ」を問い直すこと、そうして自らのバイアスと「うまく付き合っていく」ということが、本書が読者に向けたメタ・メッセージであるだろう。

以上の点を意識しながら読み進めるのが、本書の「旨味」を存分に味わうためのコツである。人事の実務家は、本書で書かれていることが実務的に正しいか否かを断ずることに終始するのではなく、そうした判断を下してしまう自分自身にはどのようなバイアスがあるかを考えてみるのがよい(それはまた、本書にどのようなバイアスが潜んでいるかを考えてみることでもある)。そして、自らのバイアスを十分に意識した上で、現状のマネジメントよりも有効な「他のやり方」がありえないかを考えてみると、なおよいだろう。学術知とは、それが自身の常識に沿うものであれ反するものであれ、自らのマネジメントバイアスに対する感受性を高め、よりよいマネジメントへの手がかりを与えてくれるものなのである。

ちなみに、こうした「読み方」を体得すれば、「学術知は役立たない」などといった決まり文句を漏らす前に、学術知の「自己流の使い方」を自然と考えるようになるはずである。私は、実務における学術知の使い方はもっと「自己流」で構わないと思っている。ある学術知をどのように解釈するか、そこからどのような含意を得て、どのようなマネジメントを生み出していくかは、実務家の自由である。学術知は、自らのマネジメントを研ぎ澄ますために、もっと好き勝手に使ってみればいいのである。

そして研究者は、実務家による学術知の解釈や使い方の誤り(バイアス)を正そうとするのではなく、学術知が実践において様々に解釈され使用されるその結果、どのように実務上の問題を解決しているか(あるいは逆に、どのような問題を生み出しているか)に関心を払えばいい。米国の組織研究者のジョン・ヴァン=マーネンが言うように、「よく受け入れられた理論とは、現実をよく映し取っているのではなく、現実を生み出すのを助けている」のであり、学術知のこうした「実践的な働き(practical work)」にこそ、経営学者の関心は向けられるべきであると私は思う。そして、学術知の実践的な働きを考える足掛かりとして、単なる学術知の解説ではなく、それらを実践で「どう使うか」にまで踏み込んだ本書は、格好の題材であるはずだ。その上でもし、学術知の(「正しい解釈」ではなく)「もっと面白い解釈」があると言うのならば、すなわち、それを通じてより刺激的な現実を生み出すことができそうだと言うならば、その解釈を示してやればいいのである。

私が実務家と研究者のそれぞれに提案したい「読み方」とは、以上のようなものである。一方では実務家が、学術知を恥知らずに参照・活用しながら、それぞれの抱える問題に応じた多様なマネジメント実践を柔軟に生み出していく。他方では、そうした学術知の働きを注意深く観察するうちに何か言いたくなった研究者が、実務に揺さぶりをかけるべく、さらなるオルタナティヴを探索・提示していく。実務と研究の両者をそれぞれの本質を傷つけない形で結びつける、とは、おそらくこういうことであるはずだ。

応答 伊達洋駆

私は大学院在籍中にビジネスリサーチラボを創業した。学術界で経営学を専攻しながら市場で経営を始めた頃は、「どうにも思い通りにならない」現実に苦しめられた。というのも(当たり前の話だが)、経営には個別性、具体性、偶然性などが伴うからだ。

どうすれば上手くいくか見当がつかない。たとえ一度上手くいっても、同じ方法が他の場面では通用しない。上手くいった理由を論理的に言語化しても、次に再現されるわけではない。そうしたことがざらにあり、私はしばしば閉口させられた。

福本さんの書評を手元に置き、悪戦苦闘の創業当初を振り返ってみると気づくことがある。未だ見つけられていない「正しさ」がどこかにあると信じ、それをどこかで追い求めていたからこそ、私は苦しみの中に放り込まれたのではないか。

実際、創業から時が経ち、私は「少しでもましな手を探れば、それで良い」と構えるようになった。この態度は、私の経営の日々を随分過ごしやすくしたと思う(私にとっては「正解のある世界」より「正解のない世界」の方が気楽だったということだ)。

これは重要なことに、「どうでも良い」と投げ出す態度とは異なる。様々な知識を動員することで、知識を動員しない状態よりもいくらか妥当な解を出そうとする姿勢であり、福本さんが書評の中で読者に勧めた、拙著の読み方にもつながる。

福本さんの書評は、禁欲的に拙著の読み方に話題を限っているが、実践者が(拙著にとどまらない)知識一般と向き合う作法をも示しているように思える。芳醇な書評に感謝を申し上げたい。

同志社女子大学 現代社会学部 助教

福本俊樹

1984年生まれ、神戸大学経営学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。帝塚山大学経営学部非常勤講師、金沢学院大学経営情報学部講師を経て、現職。研究テーマは、(1)組織への新規参入者に対する効果的な教育・管理手法の開発を目指す理論的・実証的研究、(2)新規ビジネスを立ち上げる企業家の意思決定・キャリアについての理論的・実証的研究、(3)研究者が継続的かつ積極的に経営実践に関与していく調査方法の開発をめぐる方法論的研究などである。

代表的な著作に、「処方的知識の開発を主軸とした組織社会化研究の新展開」(神戸大学大学院経営学研究科博士論文、2019年)、「実証主義の科学的有用性:介入を目指す新たな科学思想としてのアクション・サイエンス」(『日本情報経営学会誌』、2014年、共著)などがある。

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