強い人材を生み出すチーム ~宇宙航空研究開発機構(JAXA)ISS運用チームの事例~

2018-4-10

 

本稿では、弊社研究員神谷が担当した宇宙航空研究開発機構(以下JAXA)様に対するリサーチ事例を紹介します。その上で、事例から得られる含意を記述します。

今回は、神谷(かみや)よりコラムを提供します。

 

本項では、以前にJAXA協力のもと推進させて頂いたプロジェクトを紹介します。

 

特殊な組織の事例ですが、厳しい環境で成果を生み出す彼らの事例を通して、
組織やチームの本質を省みる機会を提供できればと思います。

 

1.プロジェクト概要:宇宙飛行士のレジリエンスを調査する

 

 JAXAの国際宇宙ステーション(ISS)運用チームのストレス対処能力(レジリエンス)に焦点をあてて調査をしました。具体的には、「宇宙ステーションにて長期滞在をする宇宙飛行士たちがなぜ高ストレスの状況下でサバイバルできるのか?」という問いを明らかにし、その資質選抜や訓練方法の特殊性を再定義し、企業への水平展開を図ることに調査の主眼がありました。

 

 宇宙飛行士としてISSへの滞在経験のあるメンバー、また訓練や選抜試験を担当する職員に対して長期にわたり調査を行い、JAXA内によって生み出されるレジリエンスのメカニズムを浮き彫りにしていきました。

 

 

2.私たちが想定した宇宙飛行士たちのストレス

 

 調査前に私たちは訓練を担当するインストラクターから訓練資料の一部を共有いただき、宇宙飛行士たちの業務・訓練内容をヒアリングさせて頂きました。さらに、彼らを取り巻く環境や生活サイクルをヒアリングし、そのうえで想定されるストレッサー(ストレスを引き起こす要因)を整理しました。

 

 宇宙飛行士たちを取り巻く環境には様々なストレッサーがあることが想定されました。

 

 例えば、訓練中のストレスも考えられました。ジェット機に乗って多様なタスクをこなす訓練や、冬山や海底など厳しい環境での実地訓練。さらに、英語やロシア語の習得訓練や、実験装置・システムに関する学習訓練などもあります。それらの訓練課程で、自らの成績を厳しく評価され、フィードバックを受ける日々が続くのです。身体的な負担はもちろんのこと、精神的にも厳しい訓練であることが想定されました。

 

 ISSでの長期滞在も相当な負荷のかかるミッションです。朝と昼が45分ごとに切り替わるなかで、厳密に定められたスケジュールに合わせて任務を遂行しなければなりません。またスイッチひとつ間違えれば、機材は故障をするリスクがありますし、その故障は彼らの命を奪う可能性もあるわけです。緊張感のある環境下で彼らは、正確にミッションを進め、それでも時折発生するイレギュラーに迅速に対処しなくてはなりません。

 

 その他にも海外の異文化への適応や、長期間にわたる家族との別離など、彼らは常に強いストレッサーにさらされていると私たちは判断しました。

 

 

3.ストレスフリーな宇宙飛行士たち

 

 資料を読み込んだり、インストラクターにインタビューを行ったりするなかで繰り返し耳にしたのは「厳しい」という表現でした。例えば、厳しい環境、厳しい訓練、自分に厳しく、などといった言い回しです。

 

 相当なる強いストレスを感じているのだろうと私たちは考えました。宇宙飛行士たちは、強いストレスを感じながらも、ストレスの侵食からうまく自分を逃がしながらミッションの遂行を果たしているのだろう。そんな前提認識で、彼らはどのようにストレスの重圧を回避しているのか?いかにコーピング(解消)しているのか?という観点を主軸に調査を継続していきました。しかし、私たちのこれらの疑問に返ってきたのは宇宙飛行士たちの予想外の回答でした。

 

「ストレスを感じたことがありません」

「訓練や勉強は本当に大変ですが、それをストレスと思ったことはありません。むしろ、私はそれが楽しかった」

 

 厳しい訓練やハイプレッシャーな業務であることは自覚しながらも、彼らはそれを「ストレスです」とは言いませんでした。繰り返される意外な返答に私たちは驚くとともに、認識を改めて、さらなる仮説を念頭に調査を進めていきました。

 

 “宇宙飛行士たちは「スーパーマン」のような先天的資質の持ち主に違いない。”

 

 宇宙飛行士たちは、ストレッサーを解消する資質を先天的に持っている特異な人材たちなのであろう、という仮説です。厳しい訓練の中でストレスを感じずに任務を遂行できるのは、選抜試験によって厳選された強靭(きょうじん)な精神を持っている人材だからなのだろう。それゆえに厳しい環境で適応し、文字通りサバイバルできるのであろう。そのように考えたのです。

 

 しかし、この仮説も調査を進めるなかで棄却されてしまったのでした。選考を担当する職員や宇宙飛行士が以下のコメントを語ったためです。

 

「ストレス耐性の強い人を特に重視しているわけではありません」

「たぶん私は、ストレス耐性強いっていうわけじゃないですよ」

 

 私たちは首をかしげながら、さらに情報を収集し調査を継続していきました。

 

 

4.予想外の結論

 

 調査によって見えてきたのは、予想外の結果ばかりでした。

 

 宇宙飛行士たちは厳しい環境下にありながらも、ストレスを感じずに業務を遂行していました。ストレス対処能力が先天的に高い人材にこだわって選抜をしているわけでもありませんでした。

 

 これらの結果に戸惑いつつ、私たちは訓練内容や後天的に強化される資質に注目していきました。訓練内容を具(つぶさ)にヒアリングする中で、ようやくそれらを説明する要点が見えてきました。彼らをストレスから守っていたものは何であったのでしょうか。

 

 結論を言えば、2つにまとめることができます。

 

 1つ目は、「チームの強化」です。個人の育成はもちろんのこと、特に意識的に行われていたのがチームの結束を高める訓練でした。共にISSへ飛び立つメンバーだけでなく、地上で彼らを見守る職員たちも含めて、チーム内の相互理解を顕著に高めていく施策が分厚く展開されていました。

 

 例えば、次のようなポイントを強化する施策です。

 

<JAXA ISS運用チーム8つの特徴>

1.詳細な役割&責任の設計:誰が何に対する役割や責任を負っているのかが明確である。

2.深い相互理解:強み・弱み・価値観などメンバー間が深く理解し合っている。

3.情報・意見の積極的・具体的な共有:個人の抱えている状況を遠慮せず詳細に共有する。

4.互酬性規範:自分だけでなくチームメンバーに対して常に意識的になり支援し合う。

5.チーム主体性:チームの成果を最優先することが浸透し、チームを主語に行動する。

6.相互信頼:互いの能力を信用し、信頼する関係性が構築されている。

7.目標の個人的解釈:チームに関与する意味や価値を個々が理解し、深く納得している。

8.問題解決規範の浸透:小さなイレギュラーに向き合い改良する習慣が形成されている。

 

 これらの8要素が訓練を通して、繰り返し強化されていたのです。その結果、役割が明確であり、互いのことを本質的に理解し合っており、同じ目的に向かって互いを支援し合う組織体が形成されていたのでした。互いを深く信頼することで、目の前のイレギュラーは必ず解決するだろうという確固たる見込みが生まれていたのです。

 

 そして、もう1つは、「個人の強化」です。訓練内容そのものの設計に特徴があり、「ありえないほどの不具合」「軌道上では絶対にそんなことは起こらないと言われるほどの不具合」が盛り込まれた訓練プログラムが展開されていました。それを繰り返す中で、宇宙飛行士たちは個人として不確実性に対処する術を修得していたのです。

 

 さらに、興味深い点はその訓練課程で感じた個人の思考や判断は全て言語化され、詳細にチーム内にフィードバックされていたことです。それら個人とチームの相互作用は、組織体として対応能力を増強することにつながっていたのです。

 

 これらの2点を徹底することで、先述のような「ストレスを感じたことがありません」という宇宙飛行士のコンディションはつくられていました。組織のリソースを結集し、不確実性に対する備えを十分に蓄積してきた彼らにとって、「不確実性」とは自らの役割を愚直にこなすことで確実に対処できる問題であったと考えられます。

 

 

2.アフタートーク

 

 ここまでが、事例の紹介です。今回は、JAXAの宇宙飛行士たちのレジリエンス調査案件の一端を紹介しました。

 

 今回紹介した組織事例はあまりに特殊性が高く、一般企業にとっては参考点のない取り組みと映るのかもしれません。

 

 しかし、この事例は考察を深めるほどに、素通りできないポイントを幾つも見出すことができます。その一例として、以下では、本事例を通して私が対峙した問いを1つ紹介したいと思います。

 

 “ストレスへの対処は、個人主体であるべきか。それとも組織主体であるべきか。”

 

 今回の事例においては、不確実性やそこから発生するストレッサーに対して、チーム主体の問題解決アプローチが展開されていました。

 

 個人が抱えたイレギュラーは全てチームに共有され、チームの客観的・合理的なバックアップを得ることにより、個人はストレスから解放されていたわけです。さらにそのシステムを構築するために、個人にストレスを感じさせないほどに徹底された事前訓練と、個人のパフォーマンスを網羅的・包括的にケアするチーム体制の構築がありました。

 

 この事例を踏まえて改めて認識したことは、私たちはストレスへの対処を検討する際に、暗黙の裡(うち)に「個人(自分自身)でどう解決するか?」を考えてしまう傾向があるということです。自分が抱えたストレスは、セルフマネジメントによってストレッサーを調整し、セルフケアをすることを前提として対応を考えている側面があるように思えます。

 

 実際に近年のストレス関連サービスの市場を見ますと、自らのストレスチェックを行ったり、セルフモニタリングを行うサービスや、マインドフルネスやレジリエンスといった自己防衛・自己解決を前提としたサービスが目立ちます。

 

 また、企業においてもストレスを感じている従業員に対して、チームが主体的に関与して対処をすることは稀ではないでしょうか。

 

 貴社の現場で、若手社員が管理職に自らのストレスを伝えた際の状況を想像していただくとイメージがしやすいかもしれません。その管理職は、ストレスをヒアリングし、部下の感情に共感し、まずは仕事量を減らしたり、あるいは休暇を促したりするのかもしれません。これらの対応はあくまで個人間で進められるものです。

 

 反対に、管理職が部下の相談を受けて、そのストレス要因を詳細に突き止め、組織としてパフォーマンスを維持・向上させるためにチームメンバーを巻き込むことはあるでしょうか。個人のストレス要因の解消を、現場主導で組織的に徹底するといった対応は一般的とは言えないでしょう。

 

 強いストレスを感じ、体調を崩してしまった場合は労務管理的にも、健康管理的にも産業医などの面談を勧めることが求められます。しかし、日常の業務遂行において個人が抱えている微細なストレスに対して、チームとして意識的になるという姿勢は一般企業では限られているように思えます。

 

 さらにこのテーマを拡張させて述べるならば、これはストレスに限った話ではありません。従業員が感じる日々の業務に対する違和感や、顧客先で発生した本当に些細なトラブル、あるいは自らのコンディションなどに置き換えても同様のことが言えるでしょう。

 

 近年の組織開発の傾向として、「権限委譲」や「主体性」または「ホラクラシー」の名のもとに組織構造をフラットにし、指揮系統や管理機能を縮小する組織も増えているようです。現場で発生するイレギュラーは、個人対応に任せているケースは実は多いのかもしれません。

 

 柔軟な働き方を推進する中で、不確実性への対処が個人完結的になっていたり、それによって現場で発生するイレギュラーを組織が感知しづらくなっているケースもあるのではないでしょうか。働き方の柔軟性は個人のパフォーマンスを高めると共に、個人化を促すことにもつながります。それによって、組織として不確実な事象に対する柔軟性や弾力性が失われていく側面もあるのかもしれません。

 

 今、ある個人が抱えている問題は、本当に個人が対応すべき問題なのか?

 それともチーム・組織が対処すべき問題なのか?

 

 この問いはあまりにも本質的で、立場や観点によってその回答も大きく異なるのでしょう。しかし、再訪すべき価値のある問いでもあると私は考えています。

 

 長期的な視野で眺め、再考する機会を本事例によって提供出来たら幸いです。

 

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以上が神谷のコラムです。

 

また本案件を通して、弊社ではJAXA協力のもと「チームレジリエンス診断」を開発しています。神谷がコラムにて挙げていたチームの8つの特徴を主軸に設問を設計し、貴社におけるチームの能力を測定するサービスです。

 

関心のある方は下記までお問合せ頂ければ幸いです。

 

<問い合わせ先>

 

 

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