剥奪される新人たち~新人育成学プロジェクトより~

2018-2-19

 

本稿では、株式会社ビジネスリサーチラボが実施したコンサルティング事例を紹介し、その中で気づいた点をアフタートークの形で記述します。今回の事例は、研修ビジネスを展開するアルー株式会社と共同で進めている「新人育成学」プロジェクトに関するものです。同プロジェクトの進行を担当している弊社コンサルタントの神谷俊が私感を綴(つづ)っています。

今回は、神谷(かみや)よりコラムを提供します。冒頭にもあるように「新人育成学」というプロジェクトを踏まえた省察を少しお話できればと考えています。現在進めている同プロジェクトの概要と調査結果に関するまとめを踏まえ、私感を述べたいと考えています。

 

1.新人育成学とは

 

新人育成学は、新人育成の在り方を改めて再考し、新たなアプローチを生み出すことを目的として創設された研究プロジェクトです。今後の市場環境・時代背景・新入社員の特性傾向などを踏まえ、現在企業に浸透しているアプローチや教育的な慣習を問い直していこうという姿勢で進行しています。企業内教育の分野で豊富な実績を持つアルー株式会社様のご協力を頂き、共同研究として2016年に発足されました。

 

 

2.新人育成学の実績

 

これまでに新人育成学にて進めてきた調査実績を3つほど、紹介してまいります。

 

(1)新人を取り巻く環境に関する理論整理

 

まず、本プロジェクトでは、新人育成を巡る研究について、整理・課題設定を行いました。

 

新人たちがどのような環境に参入し、どのような期待役割を求められているのか。文献や理論を精読し、そこで語られている概念を整理することで、新人に求められているものを導出していきました。

 

そのなかで見えてきたことは、新人たちがいかに“ハイコンテクスト(詳細な指示命令に対応するのではなく、文脈を読み取って対応する必要がある)”な環境に置かれているのかということです。上司や先輩社員からの指示や顧客対応など、同じ指示内容であっても異なる配慮や振る舞いが求められるケースが非常に多い現状が推察されました。

 

私たちのように社会人経験を重ねたビジネスパーソンにとっては、状況や利害関係を踏まえて判断することはもはや当たり前のことです。しかし、勉強など唯一の正解を導き出す習慣に身を置いていた新人たちにとっては、このようなハイコンテクストな環境への適応は時間を要するのが当然であろうと言う考察を致しました。

 

(2)新人研修に関する調査・考察

 

そして、本プロジェクトでは、一般的に「厳しい」と言われるような新人研修に関する調査も展開しました。マインド系と言われるような態度変容や意識変革を目的とした研修プログラムです(この調査はアルー株式会社以外の研修プログラムを導入する企業に対して行われました)。実際に、大手企業の新入社員を中心に、質的調査を展開しました。研修前・研修中・研修後と一定期間に亘(わた)り何度かインタビューを実施し、新人たちがどのように研修や企業を意味づけていくのかに注目しました。その結果、ファクトとして特徴的であったのが以下に記述する2つです。

 

1つは、現場教育というレディネスの重要性です。レディネスとは、つまり学習を進めるうえで備えておくべき事前知識や心構えを指します。この調査では、アルバイトや長期インターンシップなどで入社前に現場業務に従事している新人ほど、入社時の新人研修ではよく学んでいる様子が見られました。

 

「よく学んでいる」という表現をしますと、私たちは一生懸命さや真面目さといった素直な姿勢を想起しますが、上述の「よく学んでいる」の表現はその意味とは異なります。彼らは、講師が話す全てを学ぼうとしていませんでした。現場経験と研修内容を照らし合わせて、違和感を抱くものについては学習に慎重になっていたり、懐疑的になったりしていました。反対に現場業務を踏まえ、「重要である」と感じた内容については、研修を受講しながら自分なりに現場業務にフィットさせる方法を試行錯誤したり、その思考内容までも記録に残していました。実務に反映するために効率的な学習を主体的に行う。その意味で彼らはよく学んでいました。

 

調査結果の2つ目の特徴として見られた事象は、会社に対するコミットメントと新人の自己肯定感の顕著な低下です。私たちが調査したマインド系と言われる研修では、外部講師から受講者に対する厳しいフィードバックをすることがありました。「全然ダメ」「それでは通用しない」「基礎が全くできていない」「今の自分でいいと思っているのか」このような言葉が厳しい口調で繰り返されていました。

 

教育工学や心理学では、態度変容のためには一定レベルの自己肯定感の醸成が求められるとされていますが、私たちが見た新人研修では一部の新人たちは褒められるものの、多くの新人たちは自信を失い、自らの無力感を感じたままに研修が終了していました。また、一部の学生からはこの厳しいフィードバックに対して、講師のいないところや帰り道に「なぜそこまで否定されなければいけないか?」「このようなことを繰り返していてビジネスのパフォーマンスがあがるとは思えない」「理不尽で非効率だ」との不満が表出しており、それが発展して「会社でやっていく自信がない」「このような研修をやらせる会社だと思っていなかった」「根性論に落胆した」といったコメントまで出ていました。

 

これらのコメントは全て人事担当者などの社員のいない場所で愚痴として吐き出されていたという点も興味深いところです。表面的には、研修を受講して態度が変わっているように見せつつ、内面的には冷めきった感情を持っている。新人の内面と外面のギャップが見て取れた調査でした。

 

(3)現場配属時の適応リスクへの調査・考察

 

そして、3つ目として現場配属に注目した調査を報告します。この調査では、新人研修を経て現場に配属された新人たちがどのように現場に適応していくのかに注目しました。興味深かったのは、沈黙する新人たちの姿です。新人たちは、少なからず「持論」を持っていましたが、それを現場で誰かに提言はしていませんでした。

 

例えば、自社の商品開発に関する新人の意見です。自社が抱えている店舗の立地条件や来店顧客の傾向から、自社の商品ラインナップを改善すべきだという持論を持つ新人がいました。しかし、彼はそれについては沈黙し、社内では一切言及しませんでした。

 

また、自社の営業部門のデータを分析していた新人が、営業部門のマネジメントについて違和感を抱きました。業績を高めるためには、もっと営業の回転数を引き上げる必要があるのに、誰もそのマネジメントを進めていないことに気づいたからです。しかし、その違和感も社内で言及されることはありませんでした。彼らが口を噤(つぐ)んでしまったのはなぜでしょうか。彼らからは、次のような言葉が繰り返し聞かれました。

 

「自分は新人なので」

 

業績も上げていないし、目の前の簡単な業務もできていない。そんな自分が、持論を展開すれば周囲から蔑まれるかもしれない。長期的にこの会社で働いていきたいので、思っていたとしても言えない。「分相応」「身分」「資格」そんなキーワードが沈黙する新人たちから聞かれました。これが3つ目として紹介した調査で見えた現実です。

 

 

3.“タブラ・ラサ”との対峙

 

今回の一連の調査では、組織に参入した新入社員たちが、どのように組織や社会に適応をしていくのかに注目をしてきました。

 

その結果、見えてきたのは組織への適応をすすめるに従って、沈黙していく新人たちの姿でした。すなわち、組織に参画をするにあたって、無知・無力な「新人」として扱われることによって(あるいは自らそのようなレッテルを貼ることによって)、入社までに積み上げてきた「何か」が急激に色あせていく現象です。入社時に未熟さを滲(にじ)ませつつも、自信とエネルギーにあふれていた彼らは、新人研修を通して「社会人らしく」なっていき、さらに現場配属を踏まえると自らを一層謙虚に語り、目標やビジョンを低め、時に自身の能力を卑下するまでになっていきます。

 

これらの現象は、学術的には「剥奪効果(タブラ・ラサ)」として言及されているものです。就職や入学など文化や価値観の異なる社会に移行する際に、従来過ごしてきた社会の価値観が通用しなくなるため、一度それらを破棄させ、新たな自分を構築していく方が効率的に新社会に適応しやすいとされています。

 

今回の調査において興味深い点は、そのような「剥奪」のなかにあっても、新人たちは従来の自己を完全に破棄しているわけではないこと。そして、そのような個人的な思考や志向を隠匿し、組織に馴染んでいる自己を演じているということ。また、それらの個人的な思考が自己都合のものではなく、組織を改善するうえで有益で的を射た指摘であるという点にも関心を持ちました。新人たちは「剥奪」されつつも、確固たる自己を棄却することなく爪を隠し続けていたとも言えます。

 

 

今回の調査の新人ように、新入社員のなかには決して無力ではなく、組織にとって有益な知見を持っているタレントがいます。しかし、そのようなタレントに対して妥当な施策や合理的な説明がなされぬままに標準化を強いてしまっている側面もあります。

新卒採用を通して採用された多数の新入社員に一様に「新人」のタグをつけ、「剥奪」的な社会化施策を進めれば、全体的・表面的には効率的に組織のスタイルを浸透させられるでしょう。一方で、「剥奪」によって失われてしまう新たな可能性や隠匿される能力もあるのだということに私たちは自覚的になるべきなのかもしれません。全体と部分のバランスを踏まえながら、従来の企業教育の在り方と根底から向き合う。前提を問い直すタイミングに新人育成はやってきているのかもしれません。

 

 

<新人育成学 2017年報告会の様子(HRNOTE取材記事より)>

『新入社員研修のリアル』

 

 

(了)

 

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