論考:働き方改革、事業、管理職 -大手IT企業A社の事例より

 

本稿では、これまでに弊社が手掛けたテーマについて、弊社コンサルタントがアフタートークを展開します。今回のテーマは「働き方改革」。大手IT企業のA社の事例を通して見えてきた課題構造と論点について考察しています。

1.プロジェクト概要

 (※一部改変しています)

 

残業時間抑制を中心にした働き方改革に取り組んできた、大手IT企業A社の人事担当者から、「働き方改革の取り組みに関する効果、及び、働き方の現状を把握し、今後の施策を考えたい」というご依頼を株式会社ビジネスリサーチラボにいただきました。

 

弊社はA社の現場における働き方の実態を深いレベルで明らかにするため、A社の社員を対象にした大規模なインタビュー調査を実施しました。インタビュー調査から下記の通りA社の実態が見えてきました(一部)。

 

  • A社では、残業時間は削減されてきているものの、会社全体の業務量が減少していない。そのため、早く帰宅できる人と遅くまで残る人の二極化が進んでいた。特に現場管理職に負荷が集中しており、深夜まで仕事をしていた。

  • A社の競争優位の源泉は、長い年月を通じて構築した顧客との間の深い信頼関係にある。A社は顧客との信頼関係を維持することに時間を投じていたが、労働時間の削減を一律的に実行しようとすることで、顧客対応の時間が減っているとの声もあった。

  • 労働時間を減らすが業務量は減らない中で、現場では効率性が重視されるようになっていた。その結果、既存業務の効率化は促される一方で、次の事業を担うような新規性の高い業務に挑戦することを避けるようになった。

 

インタビュー調査を通して明らかになった、これらの点に対して、弊社はA社の人事担当者とディスカッションし、次の施策を提案するに至りました(一部)。

 

  • 現状のままでは現場管理職の負荷が増える一方である。一般社員が自分自身のワーク・ライフを自律的にマネジメントことが求められる。一般社員に対してセルフマネジメントを高めるための働きかけが必要。

  • 改めて自社の事業を見直しどこにどのような価値を生み出しているのかを明らかにし、働き方改革による影響がそれらの価値を毀損するのではなく拡張し得るようにする。これらのことは人事部と経営企画部が共同して進める。

  • 最大の利害関係者である現場管理職の組織コミットメントが総じて高いため、現場管理職から構成されるタスクフォースを構成し、今回の現状分析の結果を伝えた上で、期限を切って、A社における課題解決策を案出してもらう。

 

 

2.アフタートーク

 

本プロジェクトに携わった株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆と、コンサルタントの神谷俊が本プロジェクトを通じて感じたこと・考えたことを、以下、対談形式で語り合います。

 

 

◇しわ寄せを受けるマネージャー

 

伊達:

A社は長時間労働を是正するための施策を実行し、成果もあげていました。一方で、現場社員に話を聞くと「業務量は減っていない」と。業務量を減らさずに労働時間を減らす。この難題を解くために、ある種の「生け贄」が生まれていましたね。

 

神谷:

労働時間の短縮を行った結果、溢れた業務はどこにいくのか。A社ではマネージャーのもとにいっていました。彼らは部下が時間内に完了できなかった業務をフォローし、自らが代理となって遂行していました。自らの役回りを「プレイングマネージャー」なのだと自嘲気味に語っていらっしゃったのが印象的でしたね。

 

伊達:

業務全体を回すために文字通り尽力するマネージャー。彼ら彼女らを周囲はどう見ていたのかも注目に値します。

 

神谷:

マネージャーの姿は、若手の部下からは「反面教師」として映っていました。「課長はワーカーホリック」「自分はああはなりたくない」というコメントが多く聞かれました。皆が帰宅した後、自らの時間を注いで部下の仕事を代行し、そのうえ「ああはなりたくない」と言われてしまう。まさに「生け贄」です。

 

 

◇部下のライフも背負い込む

 

伊達:

働き方改革の中に「ワークライフバランス」の問題が合流していたのも、記憶に残っています。元々ワークライフバランスはそれはそれで推進されてきました。が、今や働き方改革に取り込まれ、より大きな位置を占めるようになっている。

 

神谷:

マネージャーは、労働時間の短縮という負荷を背負ったまま、限られた資源で現場を効率的にマネジメントしようとする。そうすると、従業員のプライベートで発生するインシデントすら致命的な問題につながりかねないわけです。「部下の子供が風邪をひく」という事象で業務に著しい停滞が発生してしまいます。そしてその停滞は、部署内でドミノ倒しのように他の問題を発生させてしまう。

 

伊達:

かつてはそこまで気にすることがなかった部下のライフ。昨今はライフの多様化も進んでいます。そうした部下の個別具体的なライフをマネージャーが考慮に入れ始めると、マネジメントはより複雑化してきますよね。

 

神谷:

あるマネージャーは、1on1(部下との面談)を週に1度必ず行うと仰っていました。その際に、部下の私生活の状況まで具に確認するんだそうです。子供の健康状態や、学校の行事などですね。そうやってライフの状況まで先回りして把握する。そこまでやることが、果たして良いことなのか分かりません。しかし、それが求められているのがリアルです。

 

伊達:

ライフまで考慮した上でマネジメントする方が部下の事情に合った対応が可能になります。しかし、マネジメントコストが膨らみ、マネージャーの多忙化に拍車がかかるのも事実ですね。

 

 

◇セルフマネジメントという可能性

 

伊達:

「業務量が変わらないが労働時間は削減しなければならない」に代表される、働き方改革の中で生まれた”歪み”をマネージャーだけが吸収する構図。この構図には持続性がありません。とはいえ、どうすれば良いか。今回のプロジェクトを通じて考えさせられました。

 

神谷:

一見すると、マネージャーが構築した削減計画を部下がそのまま遂行しているような構図に見えましたよね。部下は乗っかるだけになっていて、セルフマネジメントをしない。「働き方」の主語は個人なのに、どうして上司がマネジメントするのか。自分自身でマネジメントして働き方を変えよう、というエネルギーが発生してこない。

 

伊達:

上手くいかないことが出てきた際に、現場のマネージャーが自身の時間を投入して何とかしてしまうと、「結局はマネージャーが帳尻を合わせてくれる」という認識が部下に広がり、セルフマネジメントは育ちにくい状況です。

 

神谷:

とはいえ、セルフマネジメントなしに働き方に柔軟性は生まれません。多くの人が異なる仕事をしている中で、それぞれの仕事が生み出す価値は、その仕事を担当する個人にしか分からないはず。顧客との関係性や、自身の能力など本人にしか分からないことは多い。それゆえ、仕事の「生産性」はそれを担当する個人がもっとも把握しているわけです。セルフマネジメントをきかせずに、働き方改革は推進されないと感じました。

 

伊達:

ええ、そうですね。職場の多様化が進む中で、多様化は複雑性を生み出しています。色んな人がいると考慮する要素が多くなるということです。そうした複雑性を処理できる「凄いマネージャー」を待望する道は避けたい。マネージャーの負荷が上がるだけですから。

 

 

◇上司のマネジメントの在り方

 

神谷:

「セルフマネジメントが重要」という意見を述べましたが、一方で個人を自立・自律させると、組織に不利益な行動を取りかねないと考える人もいます。個人に対する管理のパワーを弱めると「集団を維持できなくなるのではないか」を危惧するのかもしれません。しかし、「マネジメント=管理」という思考や「管理しない=パフォーマンスが落ちる」というパラダイムを持ったままでは「この先」に進めない。

 

伊達:

まさにマネジメント原理を刷新すべき時なのでしょう。例えば、そもそも管理職の役割とは何なのか。なぜ管理職は存在しなければならないのか。何かによって代替できるのではないか。そうした根本的な問いから改めて考える必要があると思います。

 

神谷:

先ほど「プレイングマネージャー」の話が出ましたが、個人をマネージャーが管理するのは物理的に限界がある。また、経営的にも本来、会社のリソースを活用してビジネスを推進していく立場にあるマネージャーが「現場のトラブルシューター」になっているのは問題です。

 

伊達:

マネージャーが一プレイヤーとして現場に足を突っ込む。そのことに対して会社がお金を払う。そうした状況は端的に「勿体無い」と感じますし、この状況が続けば、中長期的な事業推進が危ぶまれます。

 

神谷:

労働時間内に業務を押し込めることに専心すると、視野は短期的になりますし、イレギュラーへの対応ばかりに追われてしまう。先見性や市場の動向などに意識的になれなくなっていくんですよね。計画を管理する立場は、反対に計画に管理される立場にもなりえる。

 

◇働き方改革は事業を見直す機会

 

神谷:

働き方改革とビジネスモデルって密接に関連しているんですよね。何をして稼いでいるのか。他社にない強みはなにか。これらの特徴が、その組織の働き方にダイレクトに影響してきます。例えば、A社は「顧客のリクエストにスピーディに応える」ことが強みとなっていました。つまり、顧客の働き方のリズムに合わせることが必須だった。そこに働き方改革を差し込んだために、自社の強みとのジレンマが発生してしまったのです。

 

伊達:

働き方改革はある種の社会的な圧力です。避けにくいものかもしれません。しかし、下手な対応をすると組織的なリスクを抱えることになりかねません。拙速に「働き方」を変えようとする前に、一度立ち止まって「稼ぎ方」を再考すべきでしょう。稼ぎ方と働き方は連動させなければならない。

 

神谷:

そうなんですよね。だから、働き方改革を人事部だけが推進しているのはやや違和感を覚えます。労務管理改革ではなくて、事業モデル改革なのだから。

 

 

◇本来考えるべきなのは事業開発

 

神谷:

働き方改革は、今までの働き方に関する考え方とは異なるものです。つまり、従来の働き方によって推進されたきた従来のビジネスとは当然、相性悪い。そのため、早急に検討すべきは、働き方改革と相性の良い新規ビジネスのプランニングなんですよね。

 

伊達:

新しい働き方を本気で推進したいのであれば、その方向性が本質的に妥当ですよね。その意味で、現在の「生産性を重視する働き方改革」の推進が、逆に新規ビジネスの立ち上げを難しくしている点は悲劇的です。働き方改革によって短期的な生産性が求められる結果、既存の効率化に目が向きがちになる。手元の知識を「深化」させるばかりで、新たな知識を「探索」しようとしないわけです。

 

神谷:

従来のビジネスを展開している現場に働き方改革を突っ込んだので、現場は大混乱になっている。制約が強すぎて、その制約の中で「現状維持&コストダウン」に必死になってしまっている。これは最初の打ち手を誤ってしまったと思わざるを得ません。中長期的な視座で事業をどうするか。大きなリターンを得て従業員を「無駄」な労働からどう開放するかを優先して考えるべきであったと思います。

 

伊達:

そのためには経営者の判断が重要になりますね。働き方改革における経営者の役割は、推進のためのメッセージを出すだけではありません。むしろ「事業立地」を根本的に見つめ直し、場合によっては「転地」することも厭わないことなのでしょう。

 

(了)

 

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