施策を”増やすだけ”では意味がない?:互恵性の観点から

採用、育成、評価、定着など、人事にまつわる課題は尽きません。それらの課題を解決するため、各社とも“従業員のためになる”ような施策を次々と実行しています。


一方で、人事労務に携わる方々から「結局、どんな施策をやっても意味があるように思えない」「いくら制度を充実しても、辞めてしまう人は辞めてしまうから…」といった声が聞かれます。


なぜ、従業員にとってプラスとなる施策を行うだけでは効果が現れにくいのでしょうか。本コラムでは、この疑問を検討するため、様々な学問分野で取り上げられている「互恵性」に着目します。


人は、何を、どのように受け取ったとき、それを返そうと思うのか。そのメカニズムについて学術研究を概観していくなかで、実務へのヒントを探っていきます。



著者:小田切 岳士

同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師、臨床心理士。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタートした後、現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。



互恵性とはなにか


手始めに、互恵性という言葉の定義について見ていきます。もしかすると皆さんにとっては、互恵性という言葉よりも「返報性の原理」のほうが聞き馴染みがあるかもしれません。


一般的には「人は何かポジティブなもの・ことを受け取ったら、何かポジティブなもの・ことを返さなければならないという感覚を持つ」という法則のことを指して、返報性の原理と呼ばれることが多いようです。


一方、学術研究の世界では、互恵性(reciprocity;もしくは互”酬”性)という言葉のほうがメジャーです。ためしに学術文献検索サービスのGoogle Scholarで検索すると、「返報性」は約1,200件であるのに対し、「互恵性」は約9,630件ヒットします。


また互恵性の定義は、「人が親切な行為には報い、不親切な行為には罰を与えること」とされており(※1)、いわば“目には目を、歯には歯を”というネガティブな側面にも目が向けられています。


実務に現れる互恵性の影響


企業実務に関連する互恵性の研究を見ていきましょう。Remo(※2)は、アメリカの大学生に対して様々な人事制度を提示し、それぞれについて、それを利用できる従業員はどの程度その組織に留まるべきか(規範的コミットメント)について質問しました。


結果は、いずれの制度の場合も「その制度を利用できる限り留まるべきである」という回答の割合が最も高かったというものでした。このことから、会社から何かを提供されたことに対し、従業員は留まるという形で報いなければならないと感じる、互恵性のポジティブ面での効果が現れています(※3)。


他方で、返報性のネガティブ面(やられたら、やり返す)が示されているのがArainら(※4)の研究です。


この研究ではサウジアラビアで働く部下-上司のペアに対して、部下には「上司があなたにどの程度情報を隠していると思うか(知識隠蔽)」「上司をどの程度信頼していないか(不信感)」を、上司には「部下が自分のことをどの程度助けてくれるか(部下の組織市民行動)」を質問し、その関係性について分析しています。


結果、上司の知識隠蔽は直接的に部下の組織市民行動を低下させるほか、知識隠蔽は上司への不信感を高め、さらにはその高まった不信感が組織市民行動を低下させる、という間接的な効果をもつことも明らかになっています。


アジア人は“倍返し”しやすい?


互恵性における恩返し・しっぺ返しの程度には“文化差”がある、という研究結果も出ています。Dengら(※5)は、アメリカ人、シンガポール人の大学生を対象に、2人1組になってお互いにポイントを与え合う、もしくは奪い合うゲームを実施しました。


ポイントを与え合うゲーム(ポジティブな互恵性)では、アメリカ人はラウンドが進むにつれ相手に与えるポイント数が増加したものの、シンガポール人はほぼ同じ数のポイントを与え合い続けました。


一方、ポイントを奪い合うゲーム(ネガティブな互恵性)では、アメリカ人は同じ程度のポイントを奪い合い続けた一方、シンガポール人は奪い合うポイント数が増加し続けたのです。


Dengらは香港人でもシンガポール人と同様の結果であったことも報告しているほか、これらの文化差の背景には、関係性を促進させることを重視するのか、それとも自分の資産を保持しようという安心感を重視するのか、という規範意識が関わっていると主張しています。


この結果から、同じく東アジアに属する日本の組織について推測してみると、組織からネガティブな扱いをされたと感じた従業員は、組織に対してまさに“倍返し”をしようと考える可能性が高いのかもしれません。


プラスを増やすだけでなく、マイナスを減らす努力を


なぜ従業員にとってプラスとなる施策を行うだけでは効果が現れにくいのか。互恵性研究の知見からは、「プラスな施策に対する従業員のポジティブな反応よりも、マイナスな状況に対する従業員のネガティブな反応が強く現れている可能性がある」ことが見えてきました。


施策を検討・実施する際には、従業員にとってのプラスをただ増やしていくだけでなく、従業員にとって現在何がマイナスなのかをしっかりと把握し、それらを改善する、これ以上現状を損なわないように維持する、といった「マイナスを減らす観点」を併せて持つことが重要です。


※1:Falk, A., & Fischbacher, U. (2006). A theory of reciprocity. Games and economic behavior, 54(2), 293-315.

※2:Remo, N. (2006). The effects of the reciprocity norm and culture on normative commitment for Generation Y.

※3:「留まるべきである」という回答割合が最も高かった制度は、コンプレストワークウィーク(Compressed workweek;1週間の所定労働時間は変えずに、1日あたりの就業時間を伸ばして、勤務日を減らす制度)、2番目はフレックスタイム制で、最も割合が低かったのは転居手当でした。

※4:Arain, G. A., Bhatti, Z. A., Ashraf, N., & Fang, Y. H. (2020). Top-down knowledge hiding in organizations: an empirical study of the consequences of supervisor knowledge hiding among local and foreign workers in the Middle East. Journal of Business Ethics, 164(3), 611-625.

※5:Deng, Y., Wang, C. S., Aime, F., Wang, L., Sivanathan, N., & Kim, Y. C. (2020). Culture and Patterns of Reciprocity: The Role of Exchange Type, Regulatory Focus, and Emotions. Personality and Social Psychology Bulletin,0146167220913694.