組織サーベイ結果の「粘着性」を乗り越える



【1】組織サーベイ後の失速

今回は、組織サーベイをした「後」に注目した記事を書いてみたいと思います。


組織内の状況をデータとして収集し、組織開発を進めるという姿勢は以前にも増して高まっている印象があります。


その一方で、“実は、かつて実施した組織サーベイのデータは「お蔵入り」しています”というケースをこの1年の間に何度か立て続けに目の当たりにしました。


人事データや組織サーベイに対する機運は盛り上がっているように見えるものの、実態としては実践的に活用できている企業は意外と多くはないのかもしれません。


この点については様々な要因があると思われますが、人事の方にお話を聞くなかで特に多いと感じているのが、組織サーベイの分析結果を組織にフィードバックする過程で滞りが生まれ、やがて風化していくというケースです。


例えば、経営層に結果を共有する時間を確保できなかったために、メールで送信したまま風化してしまったり、情報の共有ができていたとしても問題意識のレベルを擦り合わせることができずに判断が見送りにとなる事例が幾つか散見されました。


人事―経営層の間で共有すべき情報が停滞することで、人事担当者が当初強く感じていた「組織を変えるべき」という想いも、諦観とともに冷めていき、結局は「調査しただけ」で終わってしまう。そのようなケースは実は少なくないかもしれません。

【2】情報の「粘着性」はなぜ生まれるのか

これを踏まえ、今回のコラムでは「組織サーベイの分析結果を、どのように組織へ伝えるべきか」という点について知見を提供していきたいと思います。


まずは、先行研究の概念を確認しながら「なぜ情報が伝わりにくくなってしまうのか」について考えていきましょう。


今回は、INSEADビジネススクールのSzulanski (1996)の研究(※)を援用します。


Szulanski (1996)は、企業内における情報(ベストプラクティス)の共有レベルの違いに注目し、どのように情報が共有(移転)されるのかについて、そのプロセスに注目した研究を進めました。


この先行研究より、「情報粘着性」に関する影響要因に関する研究知見を活用しながら、組織サーベイ「お蔵入り」の問題メカニズムを紐解きたいと思います。


※情報粘着性とは…

「情報粘着性(information stickiness)」は、伝達者の持つ情報が相手に伝わらない度合い(伝わりにくさ)を説明するために提唱された概念です。伝える側が持っている情報を、他の人に伝える際に時間や労力などのコストが高いほど、情報粘着性が高い情報と言えます。


Szulanski (1996)では、情報粘着性に対する影響要因について研究を進め、情報の伝わりにくさに影響を与える要因として下記の4点を挙げています。


① 情報の特性

  • その情報に対して、受け手が重要性や有用性をどれくらい見出せるのか?

  • 情報の複雑さ・難解さがどれほどあるのか?


②情報の送り手の特性

  • 伝え手の意欲レベルがどれくらいか(伝えたいと思っているか)?

  • 受け手の送り手に対する信頼感がどれくらいか?


③情報の受け手の特性

  • 受け手が知りたいと感じているか?

  • 受け手の能力レベルは充分か?


④コンテクストの特性

  • 伝え手と受け手の人間関係はリッチか?

  • 組織の利害関係が邪魔しないか?


この研究において、興味深いのは次の3つの点です。


1つ目は、情報を伝える際には、伝達情報の質(上記①)を精査する必要があるということ。それも、「受け手」の目線から評価し、受け手にとって重要性を感じられるように情報を整えていく必要があるということ。


2つ目は、心理的・社会的な側面(上記②~④)が情報伝達に影響しているということです。情報伝達には、送り手・受け手の相互に対する認識が影響してくるわけです。相手のことをどう思っているか?や、人間関係の善し悪しが情報伝達に影響を与えていると提示されています。


3つ目は、「情報」と「人間(送り手・受け手)」の双方のコンディションが整備されていなければ情報が伝わらないということです。仮に、組織にとって明らかに重要度の高い情報であったとしても、受け手が送り手を信頼していなかったり、関係性が良好でなかったりすれば、情報が伝わらないリスクがあるということです。



【3】ボトルネックを考える


これらの点を踏まえて、今回のコラムのテーマである「組織サーベイの分析結果は、どうして経営層に伝わらないのか」というテーマを再度捉えなおしていきたいと思います。


Szulanski (1996)の知見を踏まえると、今回取り上げたケースでは、次のようなボトルネックが発生している可能性が推察されます。ボトルネックとして多そうなものを3つほど挙げています。


■複雑な情報になってしまっている


<例>

  • 伝えようとしている調査結果のボリュームが膨大になっており、要点を掴みにくい。

  • 分析結果を読み解くのに時間的・認知的なコストを要するものになってしまっている。


これは、「①情報の特性」に関連するボトルネックです。そもそも伝えようとする情報が整理されていないという状態です。


例えば、調査会社やコンサルタントが提示する報告書を「そのまま」経営層に共有しようとする際に、発生しやすいのかもしれません。


調査会社やコンサルタントは、報告書作成時に「網羅性(すべての情報を共有する)」や、「論理性(因果を詳細に説明する)」を意識します。しかし、それによって報告書の量が増えたり、理解するために時間を要してしまうケースもあると考えられます。


改めて、人事担当者が自社の状況を踏まえて編集をしたり、抜粋していくなどのプロセスが求められます。


■「知りたい情報」を提示できていない


<例>

  • 調査結果によってどのような問題を調査しようとしているのかが共有されていない。

  • 調査結果が、経営的な観点から見た場合どのような重要性を持つのか示されていない。

  • 受け手の関心(経営上の問題意識)にフィットする情報ではない。

  • 調査結果を踏まえ、経営層がどのように情報を扱い、何を実践すべきかが示されていない。


これは「①情報の特性」と「③情報の受け手の特性」に関連するボトルネックです。経営課題や経営戦略と組織サーベイの内容に食い違いがあったり(或いは、整合していてもそれが分かりにくい)、組織のパフォーマンスとの関連性が希薄である場合が該当します。


組織サーベイの設計段階から、経営層と問題意識のすり合わせを行ったり、パフォーマンス(売上・業績等)に関する影響要因を抽出する分析を依頼するなど、経営的関心を踏まえた内容に設計していく必要があります。


また、分析結果についても、問題の要因特定を提示するだけではなく、その問題を解決するための手段、予算、期間などを精緻に盛り込んでおく必要があります。これらの情報が不足していれば、経営層としては何を意思決定すべきか見えずに分析結果は「お蔵入り」となってしまう可能性も高まってしまいます。



■伝達する際の「基盤」となる関係性が構築されていない


<例>

  • 人事(伝え手)に対する認識レベルが低い。

  • 人事(伝え手)との親近性が低く、信頼感が生まれていない


これは「②情報の送り手の特性」「④コンテクストの特性」に関連するボトルネックです。


前提として、経営層と人事の関係性が希薄であったり、互いに期待レベルが高くなければ、当然ながら情報は停滞してしまうでしょう。


反対に、経営者と信頼関係を構築できている人事担当者ならば、経営層の方から頼られ、提案を求められ、そして事あるごとに巻き込まれます(良くも悪くも)。


日常的に人事が経営層と問題意識を共有したり、専門的見地から企画・提案するなど、「パートナー」としてのポジションを獲得できているのかが重要なポイントになります。



【4】人間が組織を動かす


今回のコラムでは、組織サーベイ実施後に結果が「お蔵入り」するという現象に注目し、Szulanski (1996)を援用しながら、情報粘着性のメカニズムについて考えてきました。


経営層に情報を伝える際の要点をまとめると、

(1)情報の整備:量や質(分かりやすさ、経営層の問題意識との関連性)の整備

(2)前提となる関係性を構築:日常的な関わりを持ち、意見交換をするなかで構築

の2点が重要であるということです。


冒頭にも述べた通り、昨今では人事データの価値が見直され、改めて組織サーベイを実施する企業が増えているように感じています。


データは、現状と今後に関する解像度を高め、戦略を構築するうえでの有用な資源となります。その一方で、そこで得られたデータはあくまで情報に過ぎず、組織を動かすための「手段」でしかないことを改めて認識することも重要なのかもしれません。


組織開発のダイナミクスが、他者との相互作用や対話のなかで進んでいくことからも分かるように、見いだされた事象に意味を付与し、判断し、意思決定をしていく主体は人間です。


情報を扱うときにこそ、組織内の「人間」をリアルに感じながら、どのように推進力を生み出すのかを冷静に判断する姿勢が必要と言えるでしょう。


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※本コラムの内容も部分的に紹介する予定です。組織サーベイの活用についてより学びを深めたい方はご参加ください。


※ Szulanski, G. (1996). Exploring internal stickiness: Impediments to the transfer of best practice within the firm. Strategic Management Journal, 17(S2), 27-43

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