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コラム

バランスを超えて統合へ:多様な領域で活きる「両利きの経営」

コラム

企業が長期的に成功するためには、相反する二つの能力をバランスよく発揮することが求められています。それが「両利きの経営」です。両利きの経営とは、企業が既存の資源や技術を効率的に活用する「深化(exploitation)」と、新しい機会や技術を探し求める「探索(exploration)」という二つの相反する活動を同時に行う能力のことです。

例えば、スマートフォン市場のリーダー企業は、現行製品の品質向上やコスト削減に取り組みながら(深化)、次世代の画期的な技術や新しい市場セグメントの開拓(探索)も同時に進めています。このバランスを取ることは容易ではありません。なぜなら、限られた経営資源をどちらに振り分けるかという選択を迫られるからです。

しかし、両利きの経営は、企業全体のマネジメントだけでなく、アライアンス形成や技術調達、さらには中小企業の経営など、様々な領域で応用可能な概念です。本コラムでは、両利きの経営がどのように異なる領域で実践され、それぞれの領域ではどのような特徴があるのかを解説します。

両利きは探索と深化が共に高いと最も効果的

企業経営において「両利き」という言葉を耳にすることがあるかもしれません。両利きとは、右手と左手を同じように使えることを意味しますが、経営学では既存の資源を効率よく利用する「深化」と、新しい機会を探し求める「探索」という二つの異なる活動を同時に行うことを指します。

両利きの経営が注目される背景には、企業が長期的に生存するためには、現在の業績を確保しながらも将来の変化に備える必要があるという認識があります。しかし、従来の研究では「両利き」という概念自体が曖昧に扱われてきました。両利きとは探索と深化のバランスを取ることなのか、それとも両方を高いレベルで実現することなのか、明確ではありませんでした。

ある研究では、この曖昧さを解消するため、両利きの概念を二つの次元に分けて考えています[1]。一つは「バランス次元」と呼ばれるもので、探索と深化の差が小さい状態を指します。もう一つは「統合次元」と呼ばれるもので、探索と深化がともに高いレベルで行われている状態を意味します。

この研究では、中国のハイテク企業122社を対象に調査を行いました。CEOCTOにアンケートを実施し、探索活動(新製品開発、市場開拓、技術革新など)と深化活動(製品改善、コスト削減、市場拡大など)の水準を測定しました。そして、バランス次元は探索と深化の差の絶対値、統合次元は探索と深化の積という形で数値化しました。

調査の結果、探索と深化のバランスを取ることは企業業績に良い影響を与えることが分かりました。しかし、それ以上に、探索と深化の両方をともに高いレベルで実現することが、より大きな業績向上につながることが明らかになりました。バランスを取るだけでなく、両方の活動を積極的に推進することが最も効果的なのです。

バランス次元と統合次元の相乗効果も実証されました。探索と深化のバランスを取りながら、それぞれの水準も高めることで、企業はより優れた業績を達成できます。

この研究では、企業の持つ資源条件によって、最適な両利きの形態が異なることも明らかにしました。例えば、企業規模が小さく資源が限られている場合は、バランス次元が特に重要になります。限られた資源を探索と深化にバランスよく配分することが求められるのです。一方、企業規模が大きく資源が豊富な場合は、統合次元がより重要になります。豊富な資源を活かして、探索と深化の両方に積極的に投資することが可能になるからです。

また、企業が置かれている環境の豊かさ(市場の成長性や機会の豊富さなど)も両利きの形態に影響します。環境が豊かなほど、統合次元が有効であることが確認されました。成長市場では探索と深化の両方に積極的に取り組むべきだということです。

この研究の価値は、「両利き」という曖昧な概念を二つの次元に分解し、それぞれが異なるメカニズムで企業業績に貢献することを示した点にあります。また、企業の資源状況によって最適な両利きの形態が異なることを明らかにしたことで、具体的な指針を提供しています。

アライアンスの両利きは領域ごとに調整される

企業間の協力関係、すなわちアライアンス形成においても、両利きの概念は重要な意味を持ちます。しかし、アライアンスの文脈では、両利きはより複雑な様相を見せます。アライアンスの目的、相手企業との関係性、相手企業の特性など、多様な側面があるからです。

アライアンス形成における「探索」と「深化」はどのように理解すれば良いでしょうか。ある研究では、アライアンスにおける探索と深化を3つの領域に分けて考察しています[2]

1つ目は「機能ドメイン」です。これはアライアンスがどのような機能を担うかに関するもので、研究開発(R&D)を目的とする場合は「探索的」、既存技術の商業化やマーケティングを目的とする場合は「深化的」と考えます。

2つ目は「構造ドメイン」です。これは誰とアライアンスを組むかに関するもので、新しいパートナーと組むことは「探索的」、過去に協力関係があったパートナーと再び組むことは「深化的」と位置づけられます。

3つ目は「属性ドメイン」です。これはパートナー企業の特性(業界、規模、技術基盤など)に関するもので、自社とは異なる特性を持つパートナーと組むことは「探索的」、類似した特性を持つパートナーと組むことは「深化的」となります。

この研究では、米国のソフトウェア企業547社のアライアンスデータを分析し、企業がこれら3つのドメインでどのように探索と深化のバランスを取っているかを調査しました。その結果、いくつかのパターンが見えてきました。

各ドメイン内では、探索や深化の経験が自己強化される「経路依存性」が観察されました。例えば、過去に探索的なR&Dアライアンスを多く形成してきた企業は、将来も同様の探索的アライアンスを形成する可能性が高いのです。

しかし、より興味深いのは、ドメイン間での調整です。例えば、機能ドメインで探索的なアライアンス(R&D目的)を形成する企業は、構造ドメインでは深化的な選択(既存パートナーとの協力)をする傾向が見られました。リスクの高い研究開発活動を行う際に、信頼関係が確立された相手と組むことでリスクを軽減しようとする戦略だと解釈できます。

また、時間の経過とともに、企業はドメイン間で探索と深化のバランスを調整していくことも明らかになりました。例えば、機能ドメインで探索(R&D)に重点を置いていた企業が、時間の経過とともに深化(商業化)に移行する一方で、構造ドメインや属性ドメインでは探索の度合いを高めていくという傾向が見られました。

この研究の教訓は、アライアンス形成における両利きは単純にすべての領域で探索と深化のバランスを取ることではなく、領域ごとに戦略的に調整することだということです。企業は3つのドメインを横断して、全体として「探索」と「深化」のバランスを取っています。

新しい技術を開発するようなリスクの高い探索的アライアンスを形成する場合、そのリスクを相殺するために、信頼できる既存のパートナーと組むという深化的な選択をすることがあります。逆に、既存技術の商業化という深化的なアライアンスの場合、新しいパートナーや異なる特性を持つパートナーと組むという探索的な選択をすることもあります。

このように、アライアンス形成における両利きは、単に探索と深化のバランスを取るだけでなく、異なるドメイン間で戦略的に調整することで実現されます。各ドメインでの選択が互いに補完し合い、全体としてリスクと機会のバランスが取れたアライアンス・ポートフォリオを構築することが重要です。

技術調達の両利きは吸収能力で効果が高まる

企業が新しい技術を獲得する方法、すなわち「技術調達(technology sourcing)」の場面でも、両利きの考え方は意味を持ちます。技術調達における両利きとは、新しい技術分野や新しいパートナーから技術を獲得する「探索型調達」と、既存の技術分野や既存のパートナーから技術を深化させる「深化型調達」を同時に行うことを意味します。

しかし、技術調達の両利きが企業業績に与える影響は、企業自身の能力によって異なることが分かってきました。重要なのが「吸収能力(absorptive capacity)」です。吸収能力とは、外部の知識や技術を認識し、理解し、そして自社のビジネスに活用する能力のことです。

ある研究では、ギリシャの製造業企業206社を対象に、技術調達の両利きと吸収能力、そして企業業績の関係を調査しました[3]。この研究では、吸収能力を「外部知識を認識する能力」「外部知識を同化する能力」「外部知識を活用する能力」という3つの側面から測定しています。

調査結果から、探索型調達と深化型調達はそれぞれ企業業績に良い影響を与えることが確認されました。また、探索と深化をバランスよく行う両利きの技術調達も、企業業績を向上させることが分かりました。

また、吸収能力が技術調達の両利きと企業業績の関係を強化するという点も明らかになりました。すなわち、吸収能力が高い企業ほど、探索型調達や深化型調達、そして両利きの技術調達がもたらす業績向上効果が大きくなるのです。

これはどのように解釈すべきでしょうか。例えば、ある企業が新しい技術分野(探索型調達)と既存技術の深化(深化型調達)の両方に投資しているとします。しかし、もしその企業の吸収能力が低ければ、それらの外部知識を効果的に理解し、自社のビジネスに活用することができません。結果、技術調達への投資は十分な成果を生み出さないでしょう。

逆に、吸収能力が高い企業は、探索型調達で獲得した新しい知識を迅速に理解し、自社の製品やサービスに組み込むことができます。同時に、深化型調達で得た知識も効率的に活用して既存製品の改良やプロセスの効率化を進めることができます。そうして、技術調達への投資がより大きなリターンを生み出すのです。

企業が技術調達戦略を考える際には、探索と深化のバランスを取るだけでなく、自社の吸収能力を高めることも同時に考慮すべきでしょう。吸収能力を高めるためには、社内の研究開発活動を充実させ、従業員の技術的知識や学習能力を育成することが必要です。

外部知識を認識する能力(市場や技術のトレンドを捉える能力)、同化する能力(その知識を理解し、社内の既存知識と結びつける能力)、活用する能力(その知識を用いて新製品開発や工程改善を行う能力)をバランスよく高めていくことが求められます。

また、この研究は、技術調達の戦略が「一つのサイズがすべてに合う(one size fits all)」ものではないことも示唆しています。企業の吸収能力の水準によって、最適な技術調達戦略は異なります。吸収能力が低い企業は、まずその能力を高めることに注力するか、あるいは技術調達の範囲を自社が理解しやすい領域に限定するなどの工夫が必要かもしれません。

中小企業の両利きは経営陣の統合次第で高まる

両利きの経営が企業の長期的成功に欠かせないものであることは、これまでの研究でも明らかになっています。しかし、経営資源が限られている中小企業にとって、探索と深化という二つの相反する活動を同時に行うことは特に難しい課題です。中小企業はどのようにしてこの課題を克服できるのでしょうか。

これに関する研究では、中小企業における両利きの実現に「経営陣の行動的統合(Top Management Team Behavioral Integration)」が重要な役割を果たすことが指摘されています[4]。経営陣の行動的統合とは、経営チームのメンバーが協力的に情報を共有し、意思決定を共同で行う程度を指します。

この研究では、米国コネチカット州の中小企業139社を対象に調査を行いました。CEOを含む複数の経営陣にアンケートを実施し、両利きの程度、経営陣の行動的統合のレベル、そして企業のパフォーマンスを測定しました。

経営陣の行動的統合は、具体的には次の3つの側面から捉えられています。

  • 協調的な交流:経営陣のメンバーが互いに協力し、支援し合う程度
  • 共通の意思決定:重要な決定が共同で行われる程度
  • 情報共有:メンバー間で情報が自由に流れる程度

調査の結果、いくつかのことが明らかになりました。第一に、組織の両利きの程度が高い中小企業ほど、業績が良好であることが確認されました。これは大企業を対象とした先行研究と一致する結果です。探索と深化のバランスを取ることが、中小企業にとっても重要だということです。

第二に、経営陣の行動的統合が強い中小企業ほど、組織の両利きの程度が高いことが分かりました。経営陣がよく協力し、情報を共有し、共同で意思決定を行う企業ほど、探索と深化のバランスを上手く取れるというわけです。

第三に、経営陣の行動的統合は、組織の両利きが企業パフォーマンスに与える影響を部分的に媒介していることが示されました。経営陣の行動的統合→組織の両利き→企業パフォーマンスという連鎖が存在し得ます。

中小企業は大企業と比べて経営資源が限られています。このため、探索と深化という二つの活動に資源を分散させることが難しく、どちらかに偏ってしまいがちです。しかし、経営陣が強く統合されていると、限られた資源を効果的に調整し、探索と深化のバランスを取ることができるようになります。

例えば、経営陣が協調的に交流し、情報を共有することで、新しい市場機会(探索)と現在の事業改善(深化)の両方に関する情報が組織全体に行き渡ります。また、共同で意思決定を行うことで、短期的な利益(深化)と長期的な成長(探索)のバランスを考慮した判断が可能になります。

経営陣の行動的統合は組織全体に影響を与えます。経営陣が一丸となって協力する姿は、従業員にとってのロールモデルとなり、部門間の協力や情報共有を促進します。これによって、組織全体が探索と深化の両方に取り組むための土壌が整うでしょう。

この研究から、中小企業の経営者にとって重要な教訓が導き出されます。それは、組織の両利きを実現するためには、まず経営陣自身の行動的統合を高める必要があるということです。定期的な会議や情報共有の仕組み、チームビルディングなどを通じて、経営陣の団結力と協調性を高めることが、組織全体の両利きにつながります。

脚注

[1] Cao, Q., Gedajlovic, E., and Zhang, H. (2009). Unpacking organizational ambidexterity: Dimensions, contingencies, and synergistic effects. Organization Science, 20(4), 781-796.

[2] Lavie, D., and Rosenkopf, L. (2006). Balancing exploration and exploitation in alliance formation. Academy of Management Journal, 49(4), 797-818.

[3] Voudouris, I., Lioukas, S., Iatrelli, M., and Caloghirou, Y. (2012). Ambidexterity in technology sourcing: The moderating role of absorptive capacity. Technovation, 32(12), 770-779.

[4] Lubatkin, M. H., Simsek, Z., Ling, Y., and Veiga, J. F. (2006). Ambidexterity and performance in small- to medium-sized firms: The pivotal role of top management team behavioral integration. Journal of Management, 32(5), 646-672.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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