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コラム

マルチタスクの幻想:過信と現実のギャップが示すもの

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スマートフォンやパソコン、テレビなど複数のメディアを同時に使いこなす場面が増えています。仕事中にメールを確認しながら電話対応をしたり、テレビを観ながらSNSをチェックしたりすることは日常的な光景となりました。このような「マルチタスク」と呼ばれる行動は、一見すると効率的に見えるかもしれません。「二つのことを同時にこなせば時間の節約になる」と考える人も多いでしょう。

しかし、私たちは本当にマルチタスクに適しているのでしょうか。日常的に行っているからといって、それが最適な作業方法とは限りません。実は、マルチタスクが私たちの思考や作業効率にどのような作用を及ぼすのかについて多くの研究が行われています。

そこで本コラムでは、マルチタスクに関する知見を紹介します。メディアを同時に使うことが認知機能に与える作用、マルチタスクと作業効率の関係、そしてなぜ人はマルチタスクを好むのかについて解説します。日々の生活や職場でマルチタスクを行っている方々に、自身の行動パターンについて考え直す機会となれば幸いです。

頻繁なメディア併用は注意力や記憶の制御を低下させる

スマートフォンでSNSをチェックしながらテレビを見る、音楽を聴きながらメールを書く。こうした複数のメディアを同時に利用する「メディアマルチタスク」は現代の仕事や生活の一部となっています。この習慣は私たちの認知能力にどのような作用を及ぼすのでしょうか。

スタンフォード大学の研究チームは、日常的にメディアマルチタスクを行う人とそうでない人の認知能力の差を調査しました[1]。大学生262名を対象に、テレビや音楽、メールなど12種類のメディアをどの程度同時に使用するかを調べました。その結果から、頻繁にメディアマルチタスクを行う人(Heavy Media Multitaskers: HMM)とあまり行わない人(Light Media Multitaskers: LMM)とに分類しました。

この二つのグループに対して、研究チームは認知制御能力(思考や行動を状況に応じて調整する能力)を測定する複数の実験を行いました。最初の実験では、画面に表示される赤い長方形の向きの変化を記憶する課題が与えられました。この際、青い長方形が「妨害刺激」として同時に表示されます。この実験の目的は、関係のない情報をどれだけ無視できるかを測定することでした。

結果、メディアマルチタスクをあまり行わないLMMグループは、妨害刺激が増えても成績が安定していました。つまり、関係のない情報を効果的に無視することができていたのです。一方、メディアマルチタスクを頻繁に行うHMMグループは、妨害刺激が増えるとパフォーマンスが低下しました。HMMの人々が環境中の無関係な情報を上手く遮断できないことを示しています。

研究チームは、「A」の文字の後に「X」が表示された場合のみボタンを押す課題を行いました。この実験では、異なる色の文字を「妨害刺激」として加えた条件も設けられました。この課題でも、妨害刺激がある場合、HMMグループは反応時間が遅延しました。LMMグループと比較して遅い結果になりました。これもまた、HMMグループが関係のない情報に左右されやすいことを裏付けています。

記憶に関する実験も行われました。2つ前または3つ前に表示された文字と同じものが出てきたら反応する課題です。この「N-back課題」と呼ばれるもので、ワーキングメモリ(作業記憶)の能力が測定されます。この実験では、課題が難しくなるほど(2つ前から3つ前へ)、HMMグループは特に「誤警報」が増えました。誤警報とは、本来反応すべきでない場面で誤って反応してしまうことです。メモリ内の無関係な情報による干渉を抑えることが苦手であることを意味します。

「課題切り替え能力」を調べる実験も実施されました。参加者は「数字が奇数か偶数か」と「文字が母音か子音か」という二つの異なる課題を、指示に応じて切り替えながら行いました。ここでもHMMグループは、タスクの切り替えに伴うパフォーマンス低下があり、特に課題を切り替えた直後の反応速度が遅いことが判明しました。この結果は、HMMグループが課題を切り替える際の認知負荷が高いことを示しています。

これらの実験結果を総合すると、頻繁にメディアマルチタスクを行う人々には次のような特徴があることがわかります。

  • 環境中の無関係な情報を効果的に無視することが苦手である
  • 記憶の中の無関係な情報による干渉を受けやすい
  • 異なる課題間の切り替えが苦手である

普段から複数のメディアを同時に使いこなしているはずのHMMの人々が、実は認知制御能力において不利な状態にあったという点です。一般的な感覚では、「マルチタスクを頻繁に行えば、その能力が向上するはず」と考えられるかもしれませんが、この研究はそれとは反対の結論を示しています。

この結果をどう解釈すれば良いのでしょうか。一つの可能性は、元々認知制御能力が低い人がメディアマルチタスクを好む傾向があるということです。もう一つの可能性は、メディアマルチタスクを頻繁に行うことで、集中力や注意力の制御機能が低下するというものです。どちらが正しいかを判断するには、長期的な追跡調査が必要でしょう。

しかし、いずれにせよこの研究は、私たちが当たり前のように行っているメディアマルチタスクが、認知能力に悪い作用を及ぼしている可能性を示唆しています。スマートフォンを見ながらテレビを観る、音楽を聴きながら勉強するといった習慣が、私たちの注意力や記憶力、さらには思考の切り替え能力にマイナスの作用をもたらしているかもしれないのです。

複数のメディアを同時に利用することは便利で時間の節約になるように思えますが、実際には私たちの脳は一つのことに集中するよう設計されているのかもしれません。複雑な思考や創造的な作業を行う際には、メディアマルチタスクを控え、一つの作業に集中する環境を整えることが有益でしょう。

マルチタスクほど生産性は逆U字、正確性は低下

日常的にメディアマルチタスクを行う人々の認知能力について見てきました。では、実際の作業場面でマルチタスクを行うと、パフォーマンスはどのように変化するのでしょうか。マルチタスクは生産性を高めるのでしょうか、それとも低下させるのでしょうか。

この疑問に答えるために、ある研究チームは、マルチタスキングの程度と作業パフォーマンスの関係を調査しました[2]。二つの心理学理論を基に研究を設計しています。

一つ目は「目標記憶理論」です。この理論によれば、私たちは課題を遂行するために「目標」を記憶に保持しています。マルチタスクでは、複数の目標を切り替える必要があり、これには認知的コストがかかります。タスクの切り替えが多いほど、認知資源の消費も増大するとされています。

二つ目は「ヤーキーズ・ドットソンの法則」です。これは、覚醒度(心理的な活性状態)とパフォーマンスの関係が逆U字型になることを示す理論です。覚醒度が低すぎても高すぎても、パフォーマンスは低下します。中程度の覚醒状態が最適とされています。

これらの理論から、研究チームは「中程度のマルチタスクは生産性を高めるが、過度のマルチタスクはパフォーマンスを低下させる」という仮説を立てました。

実験では、参加者はナンプレをメインの課題として、他にも単語作成や数字系列記憶などのタスクに取り組みました。参加者は二つのグループに分けられました。一つは各課題を順番に行う「非マルチタスク群」、もう一つは複数のタブを自由に切り替えられる「自由マルチタスク群」です。

実験では、二つの側面からパフォーマンスが測定されました。「生産性」は完了した課題の量(正解かどうかは問わない)、「正確性」は課題の正解率です。

生産性に関しては、マルチタスキングの程度と逆U字型の関係が見られました。マルチタスクが少なすぎる場合も多すぎる場合も生産性は低く、中程度の場合に最も高くなりました。一方、正確性については、マルチタスクが増えるほど直線的に低下する傾向が確認されました。

この結果はどのように解釈できるでしょうか。生産性が逆U字型になった理由として、中程度のマルチタスクは適度な刺激を与え、退屈さを防ぐためと考えられます。単一のタスクに長時間取り組むと集中力が低下し、効率が落ちることがあります。一方、複数のタスクを適度に切り替えることで、新しい刺激が得られ、集中力が維持されます。

しかし、タスクの切り替えが多すぎると、目標の再活性化に多くの認知資源が使われ、結果として生産性が低下します。頻繁な切り替えは「コンテキスト・スイッチング・コスト」と呼ばれる損失を生じさせます。このコストは、新しいタスクに取り組むための思考の準備や、前のタスクの内容を記憶から取り出す時間などを含みます。

一方、正確性がマルチタスクの増加とともに低下したのは、認知負荷の増大によるものと考えられます。複数のタスクを同時に処理しようとすると、各タスクに割り当てられる認知資源が減り、エラーが増加します。注意深さや精度が求められる作業では、この現象が顕著になります。

作業の性質によって、マルチタスクの適切さが異なることを理解する必要があるでしょう。量的な生産性が求められる場合、適度なマルチタスクは有益かもしれません。例えば、単純な事務作業や情報処理など、高度な集中力を必要としない作業では、適度なタスク切り替えが退屈さを防ぎ、効率を高める可能性があります。

一方、高い精度や質が求められる作業では、マルチタスクは避けるべきでしょう。例えば、複雑な分析、創造的な問題解決、精密な技術作業などでは、一つのタスクに集中することが望ましいと言えます。

マルチタスクを頻繁にする人ほど能力が低く過信する

ここまでのところで、メディアマルチタスクが認知能力に与える作用や、マルチタスクとパフォーマンスの関係について見てきました。一歩進んで考えてみましょう。そもそも、どのような人がマルチタスクを好むのでしょうか。そして、マルチタスクを頻繁に行う人は実際に能力が高いのでしょうか。

この疑問に答えるため、ある研究チームは、大学生310名(男性134名、女性176名、平均年齢21歳)を対象に調査を行いました[3]。「マルチタスク能力」「自己認知されたマルチタスク能力」「衝動性」「刺激追求性」という4つの側面から、マルチタスク行動との関連を調べました。

マルチタスク能力を測定するために「Operation SpanOSPAN)課題」が用いられました。計算問題を解きながら同時に単語を記憶するという課題で、実際のマルチタスク能力を客観的に測定できます。

参加者は自分のマルチタスク能力を評価しました。「あなたは他の人と比べてマルチタスク能力が高いと思いますか」という質問に対し、「平均より上」「平均」「平均以下」の三段階で回答しました。

さらに、「衝動性」を測定するためにBarrett Impulsivity ScaleBIS-11)が使用されました。これは「注意的衝動性(集中困難)」「運動的衝動性(考える前に行動する)」「非計画的衝動性(将来の計画性の欠如)」という三つの側面から衝動性を評価します。

「刺激追求性」はSensation Seeking ScaleSSS)で測定されました。これは、新しい刺激や変化を求める傾向を評価するもので、退屈への耐性の低さや社会的抑制の解放を好む傾向などが含まれます。

実際のマルチタスク行動を測定するために、Media Multitasking InventoryMMI)が使用されました。これはテレビやPC、スマートフォンなどのメディアを同時に使用する頻度を調査するアンケートです。具体的な危険行動の例として、運転中の携帯電話使用頻度も調べられました。

調査の結果、実際のマルチタスク能力(OSPAN課題のスコア)と、マルチタスク行動の頻度には負の相関が見られました。マルチタスクを頻繁に行う人ほど、実際の能力は低い傾向があったのです。これは、「マルチタスクを多く行う人は能力が高い」という直感に反する結果です。

参加者の多くが自分のマルチタスク能力を過大評価していることも判明しました。参加者の約70%が自分のマルチタスク能力は「平均より上」と回答していました。

そして、実際の能力(OSPAN課題の成績)と自己評価には相関がなく、むしろ自分の能力を高く評価している人ほど、実際のマルチタスク行動頻度が高い傾向が見られました。これは自己認識と現実のギャップを示しています。

衝動性とマルチタスク行動の関連も調査されました。衝動性が高い参加者はメディアマルチタスク頻度が高い傾向にありました。特に注意的衝動性(集中力の欠如)との関連が強く見られました。これは集中力を保つことが難しい人ほど、意図せずマルチタスク状態になりやすいことを示唆しています。

刺激追求性もまた、マルチタスク行動と関連を示しました。刺激追求性の高い参加者は、マルチタスク頻度および運転中の携帯電話使用頻度が高かったのです。「脱抑制(disinhibition)」すなわち社会的な抑制から解放されたいという欲求との関連が強く見られました。

これらの結果から、マルチタスクを行う理由が必ずしも効率性の追求ではなく、むしろ次のような心理的要因に起因する可能性が示唆されました。

  • 自己認識の歪み:多くの人が自分のマルチタスク能力を過大評価している
  • 衝動性:注意力の維持が困難な人ほどマルチタスク状態になりやすい
  • 刺激追求性:新しい刺激を求める心理的特性がマルチタスク行動を促進している

興味深いのは、自己認識と実際の能力のギャップです。私たちは往々にして自分の能力を過大評価し、それが実際には非効率的な行動パターンを生み出しているのかもしれません。「自分はマルチタスクが得意だ」と思っている人ほど、実はその能力が低い可能性があるという点は、自己認識の限界を示す知見です。

脚注

[1] Ophir, E., Nass, C., and Wagner, A. D. (2009). Cognitive control in media multitaskers. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(37), 15583-15587.

[2] Adler, R. F., and Benbunan-Fich, R. (2012). Juggling on a high wire: Multitasking effects on performance. International Journal of Human-Computer Studies, 70(2), 156-168.

[3] Sanbonmatsu, D. M., Strayer, D. L., Medeiros-Ward, N., and Watson, J. M. (2013). Who multi-tasks and why? Multi-tasking ability, perceived multi-tasking ability, impulsivity, and sensation seeking. PLoS ONE, 8(1), e54402.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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