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コラム

熱心すぎる社員の落とし穴:エンゲージメントの副作用を考える

コラム

人材マネジメントにおいて、従業員のエンゲージメントは注目される概念の一つとなっています。エンゲージメントとは、従業員が自分の仕事に対して情熱を持ち、組織の目標達成に向けて意欲的に取り組む心理状態を指します。多くの企業が従業員のエンゲージメントを高めるための施策を講じていますが、その背景には「エンゲージメントが高ければ、生産性向上や離職率低下につながる」という期待があります。

しかし、エンゲージメントが常にポジティブな結果だけをもたらすわけではありません。高いエンゲージメントがもたらす思わぬ副作用についても、私たちは目を向ける必要があります。

本コラムでは、エンゲージメントが持つ「副作用」に焦点を当て、いくつかの研究結果をもとに検討していきます。適度な残業とエンゲージメントの関係、仕事と家庭の両立における課題、エンゲージメントが家庭に与える好影響、そして健康面への効果など、エンゲージメントの複雑な側面を掘り下げていきます。従業員の幸福と組織の成功を両立させるためには、エンゲージメントのプラス面だけでなく、潜在的なマイナス面についても正確に理解することが求められます。

適度な残業はエンゲージメントを高める

「残業は良くないこと」というイメージが少しずつ広がっているかもしれません。働き方改革の名のもとに残業時間の削減を目指す企業も増え、ワークライフバランスの観点から残業をなくす方向に動いています。しかし、残業が必ずしも従業員に悪い影響だけを与えるわけではないことが、オランダで行われた研究から見えてきました[1]

オランダのフルタイム労働者1,807名を対象にした調査によると、残業と仕事へのモチベーションには正の相関が見られました。残業をしている人ほど仕事への意欲が高い傾向があることが分かったのです。

この研究の興味深い点は、残業時間と精神的疲労の間に有意な関連が見られなかったことです。一般的には残業が増えれば疲労も増えると考えられますが、データはその考えを支持していませんでした。

なぜこのような結果になったのでしょうか。研究者たちは、いくつかの可能性を指摘しています。

まず、残業の「質」を考慮する必要があります。残業の量だけでなく、どのような内容の残業をしているのかが重要です。多様性のある仕事や、自分で決められる裁量権の高い仕事での残業は、モチベーションを高める可能性があります。

実際に、残業をしている労働者は、残業をしていない労働者と比べて、仕事の多様性や裁量権が高い傾向にありました。また、残業をしている労働者は仕事へのモチベーションも高いことが分かりました。

この研究から見えてくるのは、残業そのものが疲労を引き起こすわけではなく、むしろ仕事の内容や質が疲労に関係しているということです。仕事の要求度が高すぎたり、裁量権が低すぎたりする状況では、残業の有無にかかわらず疲労感が強くなります。

もちろん、極端な残業は回復時間が不足するため、健康に悪影響を及ぼす可能性があります。しかし、適度な範囲内であれば、残業は必ずしも悪いものではなく、むしろ労働者のモチベーションを高め、エンゲージメントにつながるプラスの側面も持ち合わせているのです。

この研究は、単純に「残業を減らせば従業員の疲労が減る」というわけではないことを教えてくれます。職場環境を改善するためには、残業時間の削減だけでなく、仕事の質(適度な要求度、豊富な多様性、十分な裁量権)を向上させることが大切でしょう。

仕事のエンゲージメントは家庭に良くも悪くも作用する

仕事に熱心に取り組むことは素晴らしいことですが、それが家庭生活にどのような影響を与えるのでしょうか。米国の大学で働く790名の事務職員と管理職員を対象にした研究は、この問いに対するヒントを出しています[2]

研究では、仕事と家庭という二つの役割におけるエンゲージメントを「注意(attention)」と「吸収(absorption)」という二つの視点から捉えています。「注意」とは認知的なリソースを役割に向けることを指し、「吸収」とは役割に対して深く集中し、没頭することを意味します。

調査結果から見えてきたのは、仕事のエンゲージメントが家庭生活に与える影響は一概に良いとも悪いとも言えず、複雑なメカニズムが働いているということです。具体的には、仕事での「吸収」は家庭での「注意」を減少させる一方で、仕事での「注意」は家庭での「注意」と「吸収」を高める効果を示しました。

すなわち、仕事に没頭しすぎると(吸収が高いと)、家庭で過ごす時間も頭の中は仕事のことでいっぱいになり、家族に十分な注意を払えなくなってしまうことがあります。これは「役割枯渇」と呼ばれる現象で、一つの役割(仕事)へのエンゲージメントが心理的・物理的資源を消耗させ、他の役割(家庭)の遂行を困難にするのです。

一方で、仕事に対して適切に注意を払うことができれば、その集中力は家庭生活にもプラスの影響を与える可能性があります。これは「役割充実」と呼ばれ、ある役割でのエンゲージメントが他の役割のパフォーマンスや満足度を高める効果を指します。

この研究で興味深いのは、同じエンゲージメントでも、その性質によって家庭生活への影響が異なる点です。深い没頭と強い集中を伴う「吸収」タイプのエンゲージメントは家庭生活にマイナスの影響を及ぼしやすい一方、バランスの取れた「注意」タイプのエンゲージメントは家庭生活にプラスの影響をもたらす可能性があります。

家庭から仕事への影響についても同様の結果が見られました。家庭での吸収は仕事での注意を低下させ、家庭での注意は仕事への注意と吸収を高める効果がありました。このことは、仕事と家庭の間で生まれる影響が双方向的であることを示しています。

このように、仕事のエンゲージメントは単純に「良い」「悪い」で判断できるものではなく、そのタイプや程度によって家庭生活に様々な影響をもたらします。重要なのは、「吸収」タイプのエンゲージメントが家庭に負の影響を及ぼす可能性があることを認識し、仕事と家庭の両方で健全なエンゲージメントのバランスを取ることでしょう。

エンゲージメントが高いと家庭生活との両立が難しくなる

仕事へのエンゲージメントが高まると、家庭生活との両立が難しくなることがあります。多くの企業が従業員のエンゲージメントを高めようと様々な施策を講じていますが、その「副作用」として家庭生活への干渉(Work Interference with Family: WIF)が生じるリスクについて、米国の研究チームが調査結果を発表しています[3]

この研究では、連邦政府の消防士80名、多様な業種の社会人513名、美容師251名という異なる3つのグループを対象に調査が行われました。研究チームは「資源保存理論」という考え方をもとに、エンゲージメントが高い人は職場に多くの資源(時間、エネルギー、注意力など)を投入するため、家庭に充てる資源が不足するという仮説を立てました。

調査の結果、エンゲージメントが高い人ほど、時間ベース・緊張ベース・行動ベースのすべてのタイプの家庭への干渉が増加することが確認されました。時間ベースの干渉とは文字通り仕事の時間が家庭の時間を侵食することを意味し、緊張ベースの干渉とは仕事のストレスが家庭でのやりとりに影響することを指します。行動ベースの干渉とは仕事で求められる行動パターンが家庭でも出てしまうことです。

この研究でとりわけ有益なのは、エンゲージメントが高い人ほど「組織市民行動」と呼ばれる行動が増え、その結果として家庭への干渉が増加するという「媒介効果」を実証した点です。組織市民行動とは、正式な業務範囲を超えて組織や同僚を助ける自発的な行動を指します。例えば、締め切りに追われている同僚を手伝ったり、新入社員に非公式にアドバイスしたりする行動です。

エンゲージメントが高い従業員は、こうした「余分な」仕事も率先して引き受ける傾向があり、その結果としてさらに多くの時間とエネルギーを仕事に費やすことになります。これが家庭生活への干渉を増加させる一因となっているのです。

しかし、この研究にはもう一つ発見がありました。それは「誠実性」という個人の性格特性が、組織市民行動と家庭への干渉の間の関係を緩和する効果があるという点です。誠実性が高い人、つまり几帳面で計画的な人は、組織市民行動が多くても家庭との干渉が小さくなりました。誠実性の高い人が時間管理やエネルギー配分を効率的に行うことができるためと考えられます。

この研究結果は、エンゲージメントが単純に良いものではなく、家庭生活に対する潜在的なリスクを伴うことを表しています。エンゲージメントの高い従業員は仕事に多くの時間とエネルギーを投入し、組織市民行動も活発に行いますが、それが家庭生活への干渉を引き起こす可能性があるのです。

エンゲージメントは家庭にも好影響を与え波及する

先ほどは、エンゲージメントが家庭生活との両立を難しくする側面を見てきましたが、エンゲージメントが家庭にもポジティブな影響を与える可能性についても考えてみましょう。日本の東京都に住む共働き夫婦398組(合計796名)を対象にした縦断的研究は、この問いに対する新たな視点を提供しています[4]

この研究では、仕事に多くの時間とエネルギーを投じる現象を「ワークエンゲージメント」と「ワーカホリズム」という二つの異なる形態に分けて検討しています。一見似ているように見えるこの二つですが、その性質と家庭への影響は異なります。

「ワークエンゲージメント」とは、仕事に対して活力、献身、没頭を持って取り組む状態を指します。一方、「ワーカホリズム」とは、強迫的に働かずにはいられない状態を指します。研究チームは、これらが家庭満足度にどのような影響を及ぼすかを、「スピルオーバー・クロスオーバーモデル」を用いて検証しました。

「スピルオーバー」とは、仕事の経験が家庭領域へと個人内で移転するプロセスを指します。例えば、仕事での良い出来事によって生まれたポジティブな感情が、家に帰っても続くことです。「クロスオーバー」とは、ある個人の経験や感情が配偶者や家族など他の人に影響を及ぼすプロセスです。例えば、夫の仕事での満足感が妻の気分にもポジティブな影響を与えることを指します。

調査の結果、ワークエンゲージメントは「仕事と家庭の促進(Work-Family Facilitation)」を増加させ、それが本人だけでなく配偶者の家庭満足度も高めることが確認されました。仕事で充実感を持って働くことができれば、その前向きな気持ちが家庭生活にも波及し、さらには配偶者の満足感にもポジティブな影響を与えるのです。

一方、ワーカホリズムは「仕事と家庭の葛藤(Work-Family Conflict)」を増加させ、本人および配偶者の家庭満足度を低下させることも明らかになりました。強迫的に働かずにはいられない状態は、家庭生活に悪影響を及ぼし、その悪影響は配偶者にも及びます。

この研究で注目すべきは、これらの効果が1年後も持続していたことです。これは、ワークエンゲージメントの家庭への好影響が一時的なものではなく、長期的に続く可能性を示しています。

このように、仕事へのエンゲージメントは、その性質によって家庭生活に異なる影響を及ぼします。健全なエンゲージメントであれば、家庭生活を豊かにする可能性がある一方、強迫的なワーカホリズムは家庭生活に悪影響を与える恐れがあります。

エンゲージメントは心身を健康にし、燃え尽きを防ぐ

私たちの健康とウェルビーイング(幸福感)に、仕事のあり方はどのような影響を与えるのでしょうか。オランダの通信会社に勤務する管理職587名を対象にした研究は、職場における従業員のウェルビーイングを代表する3つの概念である「ワーカホリズム」「バーンアウト」「ワークエンゲージメント」の関係性を明らかにしています[5]

これらの概念はそれぞれ異なる心理状態を表しています。「ワーカホリズム」は強迫的な労働行動と過度な仕事への没頭を指し、「過剰な労働行動」と「内的な強迫的な動機」の2要素から成ります。「バーンアウト」は極度の心理的疲労を伴い、仕事に対する否定的態度や無力感が特徴で、「疲労感」「シニシズム(冷笑的な態度)」「職務効力感の低下」の3要素から成ります。「ワークエンゲージメント」は職務における積極的で充実した心理状態を指し、「活力」「献身」「没頭」の3要素から成ります。

この研究の内的妥当性の分析から、3つの概念はそれぞれ区別できることが明らかになりました。バーンアウトとエンゲージメントは負の相関があり、ワーカホリズムとバーンアウトは正の相関がある一方、ワーカホリズムとエンゲージメントには有意な相関が見られませんでした。

外的妥当性の分析からは、各概念が他の職務関連変数や健康とどのように関連するかが明らかになりました。ワーカホリズムは長時間労働や仕事の要求度増加と関連し、組織コミットメントというポジティブな面がある一方で、社会関係の質の低下や健康問題(ストレスや身体症状)とも関連していました。

バーンアウトは長時間労働とは関係なく、仕事の要求度が高く仕事の資源(裁量や上司・同僚のサポート)が乏しい状況と関連し、仕事への満足度や組織コミットメントが低く、社会関係も悪く、心身の健康状態が著しく低下するという結果でした。

一方、ワークエンゲージメントは長時間労働と関連がありながらも、仕事の資源(裁量や同僚のサポート)が豊富で、良好な仕事の成果や社会関係、そして健康と関連していました。仕事の要求度も高い傾向にありましたが、健康やウェルビーイングには悪影響を与えないという結果でした。

この研究結果から見えてくるのは、バーンアウトとエンゲージメントが対極の概念であり、ワーカホリズムはその両方の性質を一部併せ持つ中間的な概念であるということです。仕事への取り組み方として、エンゲージメントとワーカホリズムの両方が長時間労働につながる可能性がありますが、エンゲージメントは心身の健康を保ちながら仕事に熱心に取り組む状態である一方、ワーカホリズムは健康を害する恐れのある強迫的な状態と言えるでしょう。

エンゲージメントと健康状態の関係を見ておきましょう。エンゲージメントの高い従業員は、長時間働いている場合でも健康状態が良好である傾向が見られました。これは、仕事の資源(裁量権や同僚のサポート)が豊富であることが、エンゲージメントを通じて健康を支えている可能性を示唆しています。

また、エンゲージメントの高い従業員はバーンアウト(燃え尽き)のリスクが低いことも分かりました。エンゲージメントはバーンアウトを予防する保護要因として機能し得ます。

従業員の健康とパフォーマンスを高めるためには、エンゲージメントを促進し、ワーカホリズムやバーンアウトを抑制する組織的な取り組みが大切であることを教えてくれる結果です。そのためには、仕事の要求度と資源のバランスを取り、特に裁量権や職場のサポート体制を充実させることが有効だと考えられます。

脚注

[1] Beckers, D. G. J., van der Linden, D., Smulders, P. G. W., Kompier, M. A. J., van Veldhoven, M. J. P. M., and van Yperen, N. W. (2004). Working overtime hours: Relations with fatigue, work motivation, and the quality of work. Journal of Occupational and Environmental Medicine, 46(12), 1282-1289.

[2] Rothbard, N. P. (2001). Enriching or depleting? The dynamics of engagement in work and family roles. Administrative Science Quarterly, 46(4), 655-684.

[3] Halbesleben, J. R. B., Harvey, J., and Bolino, M. C. (2009). Too engaged? A conservation of resources view of the relationship between work engagement and work interference with family. Journal of Applied Psychology, 94(6), 1452-1465.

[4] Bakker, A. B., Shimazu, A., Demerouti, E., Shimada, K., and Kawakami, N. (2014). Work engagement versus workaholism: A test of the spillover-crossover model. Journal of Managerial Psychology, 29(1), 63-80.

[5] Schaufeli, W. B., Taris, T. W., and van Rhenen, W. (2008). Workaholism, burnout, and work engagement: Three of a kind or three different kinds of employee well-being? Applied Psychology: An International Review, 57(2), 173-203.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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