2025年6月16日
未完了のリスク:心の中を漂う終わりなきタスクの影
複数のプロジェクトを同時並行で進め、頻繁に中断や割り込みを経験しながら仕事をしている人も多いのではないでしょうか。様々な日常的な中断に加え、一日の終わりには完了できなかった仕事を翌日以降に持ち越すこともあります。「未完了の仕事」が私たちの心理状態やパフォーマンスにどのような作用をもたらすのか、考えたことはありますか。
心理学では古くから、未完了のタスクが記憶に残りやすい「ツァイガルニク効果」が知られてきました。近年の研究は、記憶に残るだけでなく、未完了の仕事が私たちの認知機能や精神状態に様々な形で負荷をかけていることを明らかにしています。
本コラムでは、未完了の仕事や中断がもたらす様々なリスクについて考えます。割り込みが作業再開を妨げるメカニズム、作業パフォーマンスと心理的ストレスの関係、注意の残留問題、睡眠への悪影響、そして解決策としての計画立案の効果まで、一連の知見を解説します。
私たちが日々感じる「頭の中がすっきりしない」「次の仕事に集中できない」といった感覚の背後には、どのような心理的メカニズムが働いているのでしょうか。未完了のリスクを理解することで、より生産的な働き方を考えるヒントを見つけていきましょう。
複雑で似た内容の割り込みほど作業再開を妨害する
オフィスでの仕事中、電話が鳴り、その対応を終えた後に「さっきまで何をしていたのか」と元の作業に戻るのに時間がかかった経験はないでしょうか。このような割り込みが作業に与える悪影響について、心理学的な実験を通じて調べた研究があります。
この研究では、コンピュータを使ったアドベンチャーゲーム形式の課題で、参加者が特定のアイテムを収集するという作業に取り組む最中に、様々な種類の割り込みを行い、その後の作業再開にどのような困難が生じるかを観察しました[1]。
実験の結果、割り込みの「長さ」、「類似性」、「複雑さ」という3つの要素のうち、特に「類似性」と「複雑さ」が作業再開を妨げることがわかりました。
逆に言えば、割り込みの長さはあまり問題ではないということです。短い暗算(30秒間)も長い暗算(2分45秒)も、作業再開への妨害度に大きな違いはありませんでした。短時間の割り込みだから大丈夫、長時間の割り込みは避けるべき、という単純な話ではありません。
対して、元の作業と似た内容の割り込みは作業再開を難しくすることがわかりました。例えば、記憶を使う課題に取り組んでいるときに、別の記憶課題で中断されると、元の課題に戻るのが難しくなります。これは「認知的干渉」と呼ばれる現象で、脳内で似た種類の情報処理が互いに混乱を引き起こすためです。
割り込み自体が複雑であればあるほど、元の作業に戻るのが困難になることも判明しました。例えば、数字を文字に変換する符号化作業のような複雑な暗算課題で中断されると、作業再開が妨げられました。
職場での割り込みを完全になくすことは難しいかもしれませんが、その内容と複雑さに注意を払うことで、作業再開の困難さを減らすことができます。現在取り組んでいる作業と似た内容の割り込みや、複雑な思考を必要とする割り込みは可能な限り避けることが望ましいと言えます。
例えば、集中して文書作成をしているときに、別の文書について質問されるよりも、全く異なる内容(例えば、会議室の予約確認など)の質問の方が、後で元の作業に戻りやすくなります。同様に、複雑な判断や計算を必要とする割り込みよりも、単純な応答で済む割り込みの方が、認知負荷が小さく、元の作業に戻りやすいのです。
割り込みは作業を速めるがストレスを高める
「割り込みが多い職場環境では仕事の効率が下がる」と思われがちですが、実際はどうなのでしょうか。この疑問に答えるために行われた実験では、興味深い結果が得られました[2]。
実験では、参加者が「人事マネージャー」という役割で、電子メールでの問い合わせに返信するという課題に取り組みました。その際、電話やインスタントメッセージによる割り込みがある条件と、割り込みがない条件でのパフォーマンスを比較しました。
予想に反して、割り込みがあった参加者の方が課題を早く完了しました。割り込みがある条件では、課題完了時間が短縮されました。割り込みがあることで参加者が作業スピードを上げ、より短いメールを書くという戦略をとったためと考えられます。
ところが、この「効率化」には代償がありました。割り込みを経験した参加者は、精神的負荷、ストレス、フラストレーション、時間的プレッシャー、努力感といった主観的な指標が全て高くなりました。割り込みは一時的に作業スピードを速めることはできても、心理的なコストが大幅に増加することがわかりました。
この研究では、割り込みの内容が元の作業と関連しているか(同じ文脈の割り込み)、あるいは無関係か(異なる文脈の割り込み)という点も検討されましたが、この違いは作業時間やエラー率には大きな影響を与えませんでした。割り込みの内容にかかわらず、割り込み自体が心理的な負担をもたらすということです。
個人の性格特性も検討され、経験への開放性や構造化へのニーズが高い人ほど、割り込みにうまく対処できる可能性が示されました。職場環境における個人差の重要性を示す結果と言えます。
この研究から学べる点は、割り込みが多い環境で働く際には、短期的な生産性の向上と引き換えに、長期的なストレスや精神的疲労のリスクが高まることを認識しておくべきだということです。割り込みを完全に排除することは難しいかもしれませんが、その頻度や量をコントロールすることで、心理的な負担を軽減することが可能です。
集中して取り組みたい重要な作業がある場合は、一定の「集中タイム」を設け、その間は割り込みを最小限に抑える工夫をすることが有効でしょう。例えば、メッセージの通知をオフにする、あるいは同僚に「○○時まで作業中」と伝えておくなどの方法が考えられます。
未完了の仕事は注意を引き続け、次の作業を妨げる
一つの仕事を完全に終える前に次の仕事に移らなければならない状況は、ビジネスパーソンにとって日常的なものです。こうした状況で、前の仕事が「頭から離れない」と感じた経験はありませんか。この現象は「注意残余」と呼ばれ、未完了の仕事が次の仕事のパフォーマンスに悪影響を及ぼすことがわかっています。
ある研究では、この注意残余のメカニズムを調査しました[3]。実験では、参加者に最初のタスク(知能に関連するワードパズル)を与え、その後、別のタスク(履歴書評価)に移ってもらいました。その際、最初のタスクを完了させるグループと、途中で終了させるグループに分けて比較しました。
最初のタスクを完了できなかった参加者は、次のタスクへの移行意欲が低下し、第2タスクのパフォーマンスも低下しました。未完了のタスクが心の中で引き続き活性化し、認知資源を消費し続けるためと考えられます。
人間の心は「完了への欲求」と「認知的完結への欲求」という二つの欲求を持っています。何かを始めるとそれを完了させたいという動機づけが働き、完了が阻害されると、その未完了のタスクが認知的にも動機づけ的にも注意を引き続けます。このメカニズムが、次のタスクへの集中力を奪います。
研究では時間的プレッシャーの効果も調査されました。タスクを完了した場合でも、時間的プレッシャーが低いと注意残余が生じる可能性があるのに対し、時間的プレッシャーが高い場合は認知的完結が促され、注意残余が弱まることがわかりました。締め切りのプレッシャーがある程度存在することで、タスクの「心理的な完了感」が強まり、次のタスクへの移行がスムーズになるということです。
この研究が私たちに教えてくれるのは、仕事をする際には可能な限り一つのタスクを完了してから次に移ることの価値です。もし複数のタスクを並行して進める必要がある場合は、それぞれのタスクに「中間目標」や「小さな完了ポイント」を設けることで、心理的な完結感を得ることができます。
例えば、大きなレポート作成を途中で中断する必要がある場合、「第1章を完成させる」「図表をすべて挿入する」といった区切りで作業を終えると、未完了感が軽減される可能性があります。あるいは、中断する前に「次にやるべきこと」をメモしておくことで、頭の中からその情報を「解放」し、次のタスクに集中しやすくなるかもしれません。
これらの工夫によって、私たちは未完了タスクによる注意残余を減らし、日々の多様なタスクに効率的に取り組むことができるでしょう。
未完了仕事は反芻を通じて睡眠を妨げる
金曜日の夜、仕事を終えて帰宅しても、週内に完了できなかった仕事のことが頭から離れず、週末の休息が妨げられた経験はありませんか。未完了の仕事が私たちの休息時間に及ぼす悪影響について、ドイツで行われた長期的調査があります[4]。
この調査では、59名の社会人を対象に、3か月(12週間)にわたって毎週金曜日の勤務終了後と月曜日の勤務開始前に、未完了タスクの量、反芻(仕事に関する考えを繰り返し思い浮かべること)のタイプ、および週末の睡眠の質を報告してもらいました。
研究チームは反芻を2種類に分けました。一つは「感情的反芻」で、仕事に関するネガティブで繰り返し侵入する思考です。もう一つは「問題解決的熟考」で、仕事の問題を創造的かつ前向きに解決しようとする思考です。
調査結果から、週末に持ち越された未完了タスクは、その後の感情的反芻を増加させ、それが睡眠障害を引き起こすことが明らかになりました。金曜日に仕事が終わらず週末に持ち越されると、週末中にその仕事について否定的に考え続けてしまい、その結果として睡眠の質が低下します。
一方で、問題解決的熟考は、睡眠障害に対してやや良い影響を及ぼす可能性が示されました。感情的反芻と問題解決的熟考が相互作用すると、問題解決的熟考が感情的反芻による睡眠への悪影響を緩和する可能性があります。
深刻なのは、この調査で長期的な影響も明らかになったことです。長期間にわたって未完了タスクが慢性的にある場合、短期的な影響とは別に、それ自体が睡眠障害の強い原因となることが示されました。慢性的な未完了タスクは、その週だけの急性の未完了タスクよりも睡眠に対する悪影響が強いのです。
この研究から、週末までに仕事を完了させることの重要性がわかります。それが難しい場合は、少なくとも未完了の仕事に対して感情的に反芻するのではなく、問題解決的に考えるよう意識的に取り組むことが、週末の睡眠と休息の質を守るために有効かもしれません。
例えば、金曜日の終業時に未完了の仕事がある場合、「月曜日にはどのようにこの問題に取り組むか」という計画を立てることで、「終わらなかった」と悔やみ続けるような感情的反芻を減らせる可能性があります。あるいは、週末に仕事のことが頭に浮かんだら、「今は休む時間だ」と自分に言い聞かせ、意識的に考えをシフトする練習をするのも良いでしょう。
未達成の目標も具体的な計画で認知的負担が消える
これまで見てきたように、未完了の仕事や達成されていない目標は私たちの認知に様々な負荷をかけます。しかし、それらを実際に完了しなくても、その認知的負担を軽減できる方法があるとしたらどうでしょうか。そのヒントが「具体的な計画を立てること」にあるという研究を紹介します。
この研究では、未達成の目標が認知に与える影響と、具体的な計画がそれを和らげる効果について一連の実験を行いました[5]。例えば、ある実験では、参加者に重要だが未完了のタスクを考えてもらい、その後に小説の読解課題を行いました。
その結果、未完了のタスクを考えただけの参加者は、タスクに関する侵入思考が多く、小説の読解成績が低下しました。ところが、未完了のタスクについて具体的な実行計画(いつ、どこで、どのように行動するか)を立てた参加者は、侵入思考が大幅に減少し、読解成績も向上しました。この効果は、実際にタスクを完了した場合と同程度でした。
別の実験では、試験勉強を未完了目標として設定し、具体的な計画を立てることで試験関連語(試験、成績など)の記憶へのアクセス可能性が減少することも確認されました。要するに計画を立てるだけで、その目標に関する考えが自然と頭に浮かびにくくなるということです。
この研究は、具体的な計画が認知的負担を軽減するメカニズムについても考察しています。計画を立てることで、目標の追求が無意識的・自動的なプロセスに任されるようになり、意識的・認知的に考え続ける必要がなくなります。いわば、頭の中から「外部記憶装置」に情報を移すような効果があると言えるでしょう。
日々多くの目標やタスクを抱える現代人にとって、すべてを完了させることは不可能です。しかし、未完了のものについて具体的な計画を立てることで、認知的な負担を軽減し、目の前のタスクに集中できるようになります。
例えば、仕事で重要なプロジェクトが未完了のまま帰宅する場合、「明日の午前10時から11時半まで○○の資料を完成させる」といった具体的な計画を立てておくことで、その晩や翌朝までプロジェクトのことで頭がいっぱいになるのを防げるかもしれません。
同様に、長期的な目標(例:新しい言語の習得、資格の取得など)についても、具体的なステップと時間枠を決めておくことで、常にその目標が頭の片隅にあって認知資源を奪われることを防げます。
計画を立てることは、タスクを整理するだけでなく、私たちの心理的な負担を軽減する効果的な方法です。この知見を日常に取り入れることで、未完了のリスクを軽減し、より集中して過ごすことができるでしょう。
脚注
[1] Gillie, T., and Broadbent, D. (1989). What makes interruptions disruptive? A study of length, similarity, and complexity. Psychological Research, 50(4), 243-250.
[2] Mark, G., Gudith, D., and Klocke, U. (2008). The cost of interrupted work: More speed and stress. In Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (pp. 107-110). ACM.
[3] Leroy, S. (2009). Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(2), 168-181.
[4] Syrek, C. J., Weigelt, O., Peifer, C., and Antoni, C. H. (2016). Zeigarnik’s sleepless nights: How unfinished tasks at the end of the week impair employee sleep on the weekend through rumination. Journal of Occupational Health Psychology, 22(2), 225-238.
[5] Masicampo, E. J., and Baumeister, R. F. (2011). Consider it done! Plan making can eliminate the cognitive effects of unfulfilled goals. Journal of Personality and Social Psychology, 101(4), 667-683.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。