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コラム

組織の原体験が継承される:知られざるインプリンティングの影響力

コラム

長い歴史を持つ組織を観察すると、時代の変化や人の入れ替わりにもかかわらず、独自の「個性」や「らしさ」を保ち続ける現象があります。ある企業は品質へのこだわりを、別の企業は革新性を、また別の企業は顧客第一の姿勢を、何十年、時には百年を超えて維持します。経営者が交代し、市場環境が激変し、テクノロジーが根本から変わっても、組織の核となる価値観や行動パターンは持続するのです。

この謎を解く鍵が「インプリンティング」という概念です。組織はその誕生時や重大な転換期に経験した出来事から刻印を受け、それが組織の遺伝子のように長く維持されます。

皆さんの職場にも、「なぜかこのやり方が当たり前」と感じる慣行や価値観はありませんか。その中には、創業期の決断や危機的状況での対応、影響力のあった人物の理念が源流となっているかもしれません。一見すると非合理的に見える組織の特性も、その歴史的起源をたどることで、明確な意味を持ち始めることがあります。

本コラムでは、組織に刻まれるインプリンティング現象に迫ります。経営危機から生まれた持続的な変化、海外でも維持される組織文化、重要な転換点での変容、多層的に刻まれる記憶、そして制度的環境の長期的影響。これらを通じて、組織がいかに過去の経験から形作られ、その記憶が現在と未来をどう導くのかというメカニズムを考えていきます。

危機が生んだインプリンティングが残る

組織の歴史を紐解くと、大きな危機や変革期に形成された特徴が、その後も長く続くケースが見られます。スウェーデンの大手銀行ハンデルス銀行(Handelsbanken)の事例は、こうした危機時のインプリンティングの典型例です[1]

1970年代、ハンデルス銀行は深刻な経営危機に陥りました。この危機的状況を打開するため、新しく就任した経営者ヴァランダーは、それまでの中央集権型の経営方式を180度転換し、徹底的な分権化とコスト意識を中心とした経営方針を導入しました。

ヴァランダーが導入した改革は、各支店に大幅な自主性と意思決定権を与え、本社機能を大幅に縮小するというものでした。具体的には、各支店が独自の判断で融資を決定できる権限を持ち、その収益に責任を負うという原則が導入されました。

この経営危機への対応として導入された分権型経営の方針は、危機が去った後も消えることなく、むしろ時間とともに強化されていきました。ヴァランダーの退任後も、この経営哲学は「Our way」という内部文書として明文化され、世代を超えて継承されていったのです。

危機に対処するための一時的な対応策だったはずのものが、なぜ長期にわたって維持されたのでしょうか。それには複数の理由が考えられます。第一に、この分権型経営がハンデルス銀行に目に見える成功をもたらしたことが挙げられます。危機後の銀行は業績を回復し、その後も安定した収益を上げ続けました。成功体験は組織内で共有され、「これが正しいやり方だ」という信念を強化しました。

第二に、分権型の経営方式が組織文化として定着し、新しく入社する行員もこの価値観を学び、内面化するという好循環が生まれました。組織のルーティンや意思決定プロセスに埋め込まれたこの方式は、時間の経過とともに「当たり前のこと」として受け止められるようになりました。

第三に、組織内での社会化プロセスを通じて、この経営哲学が世代から世代へと伝えられていきました。新入社員は先輩社員から「ハンデルス銀行のやり方」を学び、それを実践することで、インプリンティングが組織内で持続的に強化されていきました。

この事例は組織においてインプリンティングが「経路依存性」と関連することも明らかにしています。経路依存性とは、過去の決定や経験が、その後の選択肢を徐々に狭め、特定の発展経路を辿るようになる現象です。ハンデルス銀行では、分権型経営という初期の選択が、その後の意思決定や組織構造に対して経路依存的な影響を及ぼし、次第に他の選択肢を取ることが難しくなっていきました。

海外でもインプリンティングを保つ

組織のインプリンティングは国内環境だけでなく、海外に進出した際にも維持されることがあるのでしょうか。この問いを考えることは、グローバル化が進む現代において意義があります。

企業が国際的な事業展開を行う場合、本国で形成された組織の特徴や価値観は、海外の異なる環境においても保持されることがあります[2]。「組織的インプリンティング」が本国の文化や制度から受けた刻印が、海外進出後も組織の行動を規定し続けるためです。

例えば、ある日本企業が創業時に形成した「品質第一」という価値観は、海外の工場でも維持されるでしょう。これは経営方針として伝えられるだけでなく、組織のルーティンや意思決定プロセス、評価システムなど、様々な組織的な仕組みに埋め込まれているからです。

海外でインプリンティングが保持されるメカニズムには、いくつかの要素があります。第一に、企業の母国から派遣される経営者やマネージャーが、本国で内面化した価値観や行動パターンを海外子会社でも実践することです。無意識のうちに、本国で学んだやり方を「正しい方法」として海外でも適用しようとします。

第二に、組織のルーティンや手続きが標準化され、マニュアル化されることで、インプリンティングが形式知として海外拠点にも伝達されます。例えば、人事評価システムや品質管理プロセスなど、組織の基本的な仕組みに本国のインプリンティングが組み込まれるということです。

第三に、企業の評判やブランドイメージが、組織のアイデンティティとして海外でも維持されようとすることがあります。「この会社らしさ」を失わないよう、本国で形成された企業文化や行動規範が海外でも優先されます。

体制移行経済や新興経済市場など、環境変化が激しい地域に進出した場合、インプリンティングの効果はますます顕著になることがあります。不確実性が高い環境では、企業は自社の「慣れたやり方」に依存するからです。

しかし、インプリンティングは組織の柔軟性を阻害する要因にもなり得ます。例えば、日本的な経営スタイルが刻印された企業が、全く異なるビジネス慣行を持つ地域に進出した場合、現地の状況に適応できずに困難に直面するかもしれません。

それでも、インプリンティングが組織のアイデンティティや一貫性の維持に貢献する側面も見逃せません。明確な組織アイデンティティは、多様な国際環境の中でも組織のメンバーに方向性を与え、結束力を高める効果があります。

多国籍企業の研究においては、母国の文化や制度が企業行動にどのように刻印され、それが海外進出後も維持されるかというテーマが注目されています。例えば、アメリカ企業とドイツ企業では、創業国の教育制度や産業構造の違いから異なるマネジメントスタイルが刻印され、それぞれのグローバル展開においても異なるパターンが見られることが指摘されています。

IPO企業はインプリンティングで変化する

企業のライフサイクルにおいて、非公開企業から公開企業へと移行する新規株式公開(IPO)は転換点です。この局面で、組織はどのようにインプリンティングの影響を受け、また変化に対応する能力をどう発揮するのでしょうか。

IPO企業は、私的所有から公開市場への移行に伴い、様々な課題に直面します。投資家への説明責任、四半期ごとの業績報告、コンプライアンス要件の厳格化など、公開企業としての役割を担うことになります。この移行期には、企業の「変化への対応能力」が試されます。

IPO企業の変化への対応能力は、インプリンティング理論と戦略的選択理論という二つの理論的視点から説明できることが実証研究から判明しています[3]

インプリンティング理論の観点からは、企業の創業期の条件が変化対応能力に長期的な影響を与えることが分かっています。例えば、ある実証研究では15カ国から選ばれた35IPO企業を対象に調査が行われました。その結果、産業の発展段階、国家文化(特に不確実性回避の傾向)、創業者がCEOを務めているかどうかという条件が、企業の変化対応能力に関わっていることが明らかになりました。

具体的には、まだ成長段階にある産業で創業した企業は、成熟した産業で創業した企業に比べて変化に対する柔軟性が高い傾向がありました。これは、成長産業では環境の変化や不確実性が常態であるため、変化に対応する能力が企業に自然と刻印されるためだと考えられます。

不確実性回避度の低い文化(例えば、イノベーションやリスクテイクを奨励する文化)の中で創業した企業は、変化への対応能力が高いことも分かりました。創業期の文化的環境が企業のリスク許容度や柔軟性に刻印を残すのです。

一方、戦略的選択理論の観点からは、企業の経営陣が環境の制約に対して能動的に行動し、将来を意図的に選択できると考えます。IPO企業の研究では、特に組織の財務的余裕と経営幹部チーム内の信頼関係が、変化対応能力の決定要因として浮かび上がりました。

財務的余裕のある企業は、変化に伴うリスクや不確実性に対処するための資源的バッファーを持っています。これによって、短期的な業績低下を恐れずに変革に取り組むことができます。

経営幹部間の信頼関係も重要です。調査対象のIPO企業の中で、高い変化対応能力を持つ企業に共通していたのは、経営幹部間に信頼関係があることでした。この信頼関係は、意見の相違があっても建設的な議論を可能にし、変化に伴う不確実性や困難に団結して対処する土壌を作ります。

組織は多層的にインプリンティングされる

これまで見てきたように、インプリンティングは組織の特定の時期、特に創業期や大きな転換期に環境の特徴が組織に刻印され、その後も持続するプロセスです。しかし、このプロセスはより複雑で多層的なものであることが明らかになっています[4]

インプリンティングを考える際、それが組織のどのレベルに、どのように刻印されるのかを理解することが必要です。実際、インプリンティングは様々なレベルで同時に起こり、それぞれが相互に影響し合っています。

多層的なインプリンティングを理解するために、まず4つのレベルを考えてみましょう。

第一のレベルは「組織集団レベル」です。これは産業やコミュニティなど、組織の集合体を指します。例えば、同じ時期に創業した同業種の企業群は、その時代の経済状況や技術環境の特徴を共有しているため、似たようなインプリントを持つことがあります。例えば、シリコンバレーで1990年代後半に創業したIT企業は、「インターネットバブル」期の特徴的な企業文化や事業モデルを共有していることがあります。

第二のレベルは「個別組織レベル」です。これは個々の企業のレベルでのインプリンティングを指します。例えば、創業者のビジョンや価値観、創業時の経済状況や技術環境が、組織の基本的な方針や戦略に刻印されます。ある自動車メーカーが創業時に「品質へのこだわり」を重視した場合、それが数十年後も企業のDNAとして残り続けるイメージです。

第三のレベルは「組織要素レベル」です。これは組織内の特定の職務、職業、ルーティンなどにインプリンティングが起こることを指します。例えば、ある部署が設立された時期の特定のニーズや状況が、その部署の業務プロセスに長期的に影響を与えることがあります。製品開発部門が創設された当初の市場環境や技術動向が、その後も部門の開発アプローチに影響を与え続けるケースなどが当てはまります。

第四のレベルは「個人レベル」です。個人のキャリア初期の経験が、その後の職業人生に長期的な影響を与えるというものです。例えば、不況期に就職した人は、経済的安定を重視する傾向が生涯続くことがあります。また、特定の企業文化の中でキャリアをスタートさせた人は、その価値観や行動パターンを身につけ、後に他の組織に移っても、それを持ち続けるかもしれません。

これらの各レベルでインプリントを形成する要因としては、大きく分けて三つあります。経済的・技術的条件、制度的要因(規範や文化)、そして個人の影響です。

例えば、組織集団レベルでは、特定の時期の経済状況や技術環境が、新しく生まれる組織の構造や戦略に制約を与えます。バブル期に創業した企業と、リーマンショック後に創業した企業では、リスクへの姿勢や拡大戦略に対する考え方が異なることがあります。

個別組織レベルでは、創業時の資源状況や技術的制約が、組織の能力や慣行に影響を与えます。限られた資源の中で創業した企業には、「倹約の文化」が根づき得ます。

組織要素レベルでは、新たに設立された部署や導入されたルーティンが、当時の制度的期待を反映します。例えば、法規制の強化を背景に設立されたコンプライアンス部門は、その設立時の厳格な監督意識が長く続くでしょう。

個人レベルでは、キャリア初期の経済状況や組織環境が、個人の価値観や行動パターンに刻印されます。バブル期に入社した世代と就職氷河期に入社した世代では、仕事に対する価値観や態度に違いが見られるかもしれません。

このような多層的なインプリンティングの理解は、組織がなぜ特定のパターンで行動し、なぜ変化に抵抗するのかについての深い洞察を提供してくれます。

さらに、従来のインプリンティング理論が主に「創業期」に着目していたのに対し、最近の研究では「感受性の高い時期」が組織のライフサイクルの中で複数存在する可能性が指摘されています。例えば、合併・買収、経営危機、経営者の交代、市場変化などの時期には、組織は新たなインプリントを受ける可能性が高まります。

これは、組織や個人が時間とともに複数のインプリントを層のように積み重ねていくことを意味します。古いインプリントの上に新しいインプリントが重なるような形で、組織は複雑な「インプリンティングの地層」を形成していくのです。

国家の論理がインプリンティングされる

ここまで組織へのインプリンティングを様々な角度から見てきましたが、国家の論理や制度的環境も組織に刻印を残すことがあります。特に、異なる制度的論理が混在する複雑な環境下で、組織がどのように反応するのでしょうか。

制度的論理とは、特定の社会的文脈において「何が正当で適切か」を規定する基本的な規範や行動原理のことです。例えば、市場主義的論理では利益最大化や株主価値が重視されますが、社会主義的論理では国家目標や公的利益が優先されます。組織は、こうした制度的論理に従って行動することで、その環境から正当性を得ることができます。

香港証券取引所に上場している中国の国有企業を対象とした研究は、組織の創設期に形成されたインプリントが、その後の制度的複雑性への対応にどう影響するかを検討しました[5]。これらの企業は、社会主義的論理(国家計画、政府主導の意思決定)と市場主義的論理(資本市場、株主利益の最大化)という、時に相反する二つの論理に同時に対応する必要がありました。

この研究で着目されたのは、次の2つのインプリント要素です。一つ目は、企業の設立期に支配的であった組織の論理です。中国では1992年を境に、経済改革が本格化し、市場主義的論理が徐々に浸透していきました。1992年以前に設立された企業は社会主義的論理が強くインプリントされている一方、それ以降に設立された企業は市場主義的論理の影響を色濃く受けていることが分かりました。

このインプリントの違いは、企業の取締役会構成にも表れていました。市場論理が優勢な時期に設立された企業は、非国家系の外部取締役を積極的に起用する傾向があり、これは市場環境への適応を重視する姿勢の表れと考えられます。対照的に、社会主義的論理が強かった時期に設立された企業は、国家の影響力が強い取締役構成を維持していました。

二つ目のインプリント要素は、設立時の制度的位置づけです。中央政府により設立された企業と地方政府が設立した企業では、異なるインプリントが形成されていました。中央政府機関が設立した企業は、国家の戦略的目標達成を重視し、中央政府の強い影響下で内部管理が行われてきた歴史があります。そのため、市場の論理に適応する外部取締役の起用に消極的でした。

一方、地方政府が設立した企業は、財政的な自立を求められることが多く、市場の評価をより重視する傾向がありました。そのため、外部取締役を積極的に導入し、市場の論理に適応しようとする姿勢が見られました。

この研究は、制度的論理のインプリンティングが、組織が制度的複雑性にどう対応するかに影響を与えることを示しています。同じ「国有企業」という分類に入る組織でも、設立時期や設立主体によって、異なるインプリントを持ち、それが組織の戦略的選択に長期的な影響を与えるのです。

脚注

[1] Brunninge, O. (2009). Imprinting and organizational path dependence: Studying similarities, differences, and connections between two concepts along the case of a large Swedish bank. Unpublished manuscript.

[2] Kriauciunas, A., and Shinkle, G. (2008). Organizational imprinting: Informing firm behavior in domestic and international contexts. Purdue CIBER Working Papers, 58, 1-23.

[3] Judge, W. Q., Zhang, H., and Douglas, T. J. (2016). Configurations of capacity for change in entrepreneurial threshold firms: Imprinting and strategic choice perspectives. Journal of Management Studies, 53(4), 506-530.

[4] Marquis, C., and Tilcsik, A. (2013). Imprinting: Toward a multilevel theory. Academy of Management Annals, 7(1), 195-245.

[5] Wei, Y. (2017). Organizational imprinting and response to institutional complexity: Evidence from publicly-traded Chinese state-owned firms in Hong Kong. Management and Organization Review, 13(2), 345-373.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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