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コラム

データが語る副業の効果:転職・起業への影響

コラム

現代の労働環境は変化しています。長期雇用の緩和への期待や働き方改革の推進など、私たちを取り巻く労働市場は変わりつつあります。このような状況の中で、「副業」という選択肢に関心が集まっています。かつては本業の傍らで行う単なる収入補填の手段と考えられていたこともある副業ですが、今日ではキャリア形成のステップとしても捉え直されています。

副業を通じて新たなスキルを身につけたり、自分の市場価値を確認したり、あるいは将来の起業に向けた準備を行ったりする人が増えています。しかし、副業が実際にその後のキャリアパスにどのような道筋をつけるのか、具体的な効果については十分に理解されていない部分も多いでしょう。

本コラムでは、副業と転職・起業の関係性に焦点を当て、様々な研究から得られた知見を紹介します。副業は収入増加の手段を超え、転職や起業を促進する要因となるのでしょうか。それとも本業への集中を妨げる障害となるのでしょうか。副業が看護師のような特定職種においてどのような作用をもたらすのか、また副業を通じた起業がどのように通常の起業と異なるのか、さらに非正規雇用者にとって副業がどのような意味を持つのかなど、多角的な視点から考察していきます。

副業は転職や起業を促す

労働市場の不確実性が高まる現代において、副業を持つことを選択する人がいます。副業を持つことは、その後のキャリアにどのような変化をもたらすのでしょうか。

イギリスの労働者を対象とした調査では、副業を持つことが将来的な転職や起業活動を活発化させることが明らかになっています[1]。調査では1991年から2005年にかけて5,500人以上の男性労働者を追跡し、副業が後のキャリア選択に及ぼす効果を調べました。

副業を持つ人は持たない人と比較して、翌年に他の会社に転職する確率が約35%も高くなることが分かりました。これは決して小さな数字ではありません。自営業に移行する確率は約2倍にも達することが判明しています。

なぜこのような結果が生まれるのでしょうか。研究者たちは、副業を持つことで得られる様々な便益を指摘しています。例えば、副業によって新しい職場環境や業務内容に触れることで、異なる仕事の仕方や組織文化を学ぶ機会が生まれます。これらの経験は、自分の市場価値を再評価するきっかけとなり、より良い条件の職場への転職意欲を高める可能性があります。

本業と副業の職種が異なる場合、その後の職業移動の可能性がさらに高まります。本業とは異なる分野の副業を持つことで、多様なスキルセットを獲得できます。例えば、ITエンジニアとして働きながら、週末にはデザインの仕事を請け負うといったケースが考えられます。このような多様なスキルの獲得は、労働市場における自分の価値を高め、幅広いキャリアの選択肢を開拓することにつながります。

副業経験は失業リスクの軽減にも貢献します。調査によると、副業を持つ人は翌年に失業する確率が約17%低下することが分かっています。副業を通じて培ったネットワークや技能が、万が一本業を失った場合のセーフティネットとして機能するためと考えられます。

副業経験は転職を促すだけでなく、自営業への移行も後押しします。副業は自営業の「試運転」として機能し、本格的に独立する前に自分のビジネスアイデアや市場性を小規模に試すことができます。この経験を通じて、自営業に必要なスキルや知識、顧客基盤を徐々に構築できるため、独立に伴うリスクを軽減できるのです。

副業は看護師の離職を促す

医療現場、特に看護の世界では、副業がキャリアにどのような影響を与えるのでしょうか。南アフリカで行われた調査は、看護師の副業と離職の関係について興味深い発見をもたらしました。

この調査では、南アフリカの4つの州にある80の病院で働く3,784名の看護師を対象に、副業経験と離職意向の関連性を調べました[2]。その結果、過去12ヶ月以内に副業を経験した看護師の約39.5%が「今後1年以内に現在の職場を離れる意向がある」と回答したのに対し、副業経験のない看護師では27.9%にとどまりました。この差は統計的に有意であり、副業経験が看護師の離職意向を高めることが明らかになりました。

なぜ看護師において、副業が離職につながるのでしょうか。複数の要因が考えられます。

第一に、副業による疲労蓄積の問題があります。看護という仕事は身体的にも精神的にも負担の大きい職業です。シフト制で夜勤も多く、緊張感を保ちながら患者のケアを行う必要があります。この負担の大きい本業に加えて副業を行うことで、慢性的な疲労状態に陥りやすくなります。最終的に、どちらかを選ばなければ健康を損ねるため、より条件の良い方に転職するのかもしれません。

第二に、副業を通じて得られる新たな経験やネットワークが、より良い就業条件の職場に関する情報の入手を容易にする点が挙げられます。例えば、公立病院で働きながら民間医療機関でアルバイトをすることで、両者の職場環境や待遇の違いを比較できます。この比較は、現在の職場に対する評価を変え、条件の良い職場への転職意欲を高める可能性があります。

第三に、副業がもたらす非金銭的な満足感も重要です。南アフリカの看護師の多くは、副業先で本業では得られない承認や評価、専門的な満足感を得ていると報告しています。例えば、総合病院では多忙すぎて患者一人一人に十分な時間を割けないが、副業の個人クリニックでは患者と深く関わり、自分の専門知識を十分に発揮できる喜びがあるといった経験は、本業に対する満足度を相対的に低下させ、転職への動機づけとなる可能性があります。

調査結果では、職場のタイプによって離職意向の強さが異なることも分かりました。民間の派遣型看護業者に勤める看護師は最も離職意向が強く、公立病院や一般的な民間病院と比較して約2倍の離職確率を示しました。また、勤続年数が19年の看護師は特に離職意向が強い傾向がありました。一方で、子どもの数が多い看護師ほど離職意向が低いことも判明し、家族の存在が職業安定性を求める要因となっていることがうかがえます。

副業は起業リスクを下げる

起業は魅力的なキャリアパスの一つですが、同時に高いリスクを伴います。新たに事業を始める場合、安定した収入が得られない期間があるだけでなく、事業が軌道に乗らなければ投資した資金や時間が無駄になってしまう可能性もあります。このような起業に伴うリスクを軽減する方法として、「ハイブリッド起業」が注目されています。

ハイブリッド起業とは、会社員としての仕事を継続しながら並行して自営業(自分のビジネス)を始めるアプローチです。スウェーデンで行われた調査によると、多くの起業家が最初からフルタイムで起業するのではなく、このようなハイブリッド形式で起業活動を開始していることが分かりました。

スウェーデンの知識集約型産業で働く約45,000人を対象とした長期調査(19942001年)では、調査期間中に起業した人の約44%がハイブリッド起業の形式を選択していました[3]。これは決して少数派ではなく、多くの人が採用している起業戦略であることを示しています。

ハイブリッド起業が普及している理由はいくつか考えられます。最も明白なのは、リスク管理の側面です。給与所得を維持したまま起業することで、生活の基盤を失うリスクを最小限に抑えることができます。

続いて重要なのは、事業の可能性を探る時間的余裕が得られる点です。ハイブリッド起業は、自分のビジネスアイデアが市場で通用するかどうかを、比較的小さなリスクで検証できる機会を提供します。この「試験運用」期間中に、事業コンセプトの改良、顧客ニーズの理解、マーケティング戦略の調整などを行うことができます。

スウェーデンの研究では、ハイブリッド起業者のその後の動向も追跡調査されました。ハイブリッド起業を行った個人のうち、翌年に約8.5%が完全な自営業に移行した一方で、36.6%は再び給与所得のみに戻っていました。これはハイブリッド期間が「実験期間」として機能していることを示唆しています。ビジネスの見込みがあれば完全な独立へと進み、思ったほど市場性がなければ給与所得に戻るという選択が行われています。

ハイブリッド期間中の収入が高かった人ほど、完全な自営業への移行確率が高まることが分かりました。副業として始めたビジネスの成功が、自信を深め、最終的な独立を促すことを示しています。

ハイブリッド起業を選ぶ人々の特徴としては、教育レベルや賃金収入が相対的に高い傾向が見られました。ある程度の経済的基盤や知識レベルを持った人々が、計画的にリスクを管理しながら起業に挑戦していることを表しています。

副業起業は事業の成功率を高める

起業は高いリスクを伴います。アメリカの統計によると、新規事業の約半数が5年以内に廃業するという厳しい現実があります。このような高い失敗率に対して、副業からスタートする「ハイブリッド起業」は事業の成功確率を高める可能性があるのでしょうか。

アメリカの大規模な長期追跡調査データを用いた研究は、ハイブリッド起業から始めてフルタイム起業に移行した人と、直接フルタイムで起業した人の事業生存率を比較しました[4]。その結果、ハイブリッド起業を経由した起業家の事業生存率は、直接フルタイムで起業した人よりも約33.3%も高いことが判明しました。これは大きな差異であり、起業方法の選択が事業の成否につながることを意味しています。

なぜハイブリッド起業が事業の成功率を高めるのでしょうか。研究者たちはその理由としていくつかの要因を指摘しています。

第一に、「学習効果」が考えられます。ハイブリッド起業者は、給与所得を維持しながら起業活動を行うため、比較的時間をかけて事業運営のノウハウを学ぶことができます。経営、マーケティング、財務、顧客対応など、事業運営に必要な多岐にわたるスキルを、リスクを最小限に抑えながら習得できるのです。

第二に、「選択バイアス」の排除があります。ハイブリッド起業者は、副業として始めた事業の成功度合いを見極めた上で、フルタイム起業に踏み切るか否かを判断できます。市場の反応が芳しくない場合は給与所得に留まることを選択し、十分な手応えを感じた場合のみフルタイム起業に移行するため、成功確率が自然と高まります。

第三に、「人的ネットワークの構築」が挙げられます。副業期間中に、潜在顧客や協力者、業界の人脈を徐々に構築することができます。フルタイム起業時には、すでに一定の顧客基盤やビジネスネットワークが存在している状態でスタートできるため、初期の不安定期を乗り越えやすくなります。

研究では、個人特性とハイブリッド起業の効果の関連性も分析されました。認知能力に関しては、予想に反して、認知能力が低い人ほどハイブリッド起業のメリットが大きいという結果が得られました。研究者たちは、認知能力が低い人は学習に時間がかかるため、段階的に起業するアプローチがより有効であると解釈しています。ハイブリッド起業という形で時間をかけて学ぶことで、スキルや知識の不足を補うことができるのです。

一方、起業経験については予想通りの結果が得られました。過去に起業経験のある人ほど、ハイブリッド起業からフルタイム起業への移行のメリットが顕著でした。経験豊富な起業家は、事業の見込みをより正確に評価できるため、成功確率の高い事業にのみフルタイムへ移行する判断ができます。

この研究から得られる教訓は、起業を考える際には「オール・オア・ナッシング」のアプローチだけではなく、段階的にリスクを管理しながら進める方法があるということです。起業経験が少ない人や、家族の扶養責任がある人にとって、ハイブリッド起業は魅力的な選択肢となるでしょう。

副業は非正規の生活を改善する

非正規雇用者にとって、副業はどのような役割を果たすのでしょうか。副業は生活向上の手段となり得るのでしょうか。ジンバブエの製造業で働く非正規労働者を対象とした研究から、この問いについて考えてみましょう。

ジンバブエは高い失業率と経済的困難に直面している国であり、多くの労働者が非正規雇用の不安定な就労形態で働いています。こうした背景の中、ある製造企業で働く非正規労働者8名を対象としたインタビュー調査が行われました[5]

この調査における発見は、8名中5名の非正規労働者が、副業が自分たちの生活を「効果的に改善した」と報告していることです。主な改善点は次の通りです。

経済的安定性の向上が最も顕著でした。非正規雇用の賃金だけでは生活費を賄うことが難しい状況の中、副業収入が家計を支える柱となっていました。

非正規雇用は往々にして不安定な収入をもたらします。勤務時間が一定でなかったり、季節変動があったり、あるいは突然の契約打ち切りのリスクもあります。このような状況で、副業は収入の安定化装置として機能していました。

第二に、職業的モビリティの促進という側面があります。多くの非正規労働者は、副業を通じて新しいスキルや経験を獲得し、それが将来のキャリアにプラスとなることを期待していました。例えば、工場での単純作業を行いながら、週末にはパソコン修理の仕事を行うことで、技術的なスキルを磨くことができます。

第三に、職業経験の蓄積があります。非正規雇用では経験できない分野のスキルや知識を副業で補うことで、総合的な職業能力を高めることができます。例えば、工場では生産ラインの一部しか担当していない一方で、副業では商品の仕入れから販売まで一連の流れを自分で行っている場合、ビジネス全体を理解する力が身につくでしょう。

しかし、副業がすべて良い結果をもたらすわけではありません。調査対象者のうち3名は、副業による負の側面も報告しています。

深刻な問題は過労と健康への悪影響でした。本業と副業の両方をこなすことで、休息時間が不足し、慢性的な疲労状態に陥るケースが見られました。長時間労働による疲労蓄積は、ケガや病気のリスクを高めるだけでなく、作業効率の低下にもつながる可能性があります。

もう一つの問題は、ワークライフバランスの喪失です。副業によって家族と過ごす時間が削られ、家庭生活に支障をきたすケースも報告されました。

これらの発見から見えてくるのは、非正規雇用という文脈においては、副業が生活向上の重要な手段となり得る一方で、健康やワークライフバランスとのトレードオフが生じやすいという現実です。経済的必要性から副業を選択する非正規労働者にとって、このバランスをどのように取るかが課題となっています。

脚注

[1] Panos, G. A., Pouliakas, K., and Zangelidis, A. (2014). Multiple job holding, skill diversification, and mobility. Industrial Relations: A Journal of Economy and Society, 53(2), 223-272.

[2] Rispel, L. C., Chirwa, T., and Blaauw, D. (2014). Does moonlighting influence South African nurses’ intention to leave their primary jobs? Global Health Action, 7, 25754.

[3] Folta, T. B., Delmar, F., and Wennberg, K. (2010). Hybrid entrepreneurship. Management Science, 56(2), 253-269.

[4] Raffiee, J., and Feng, J. (2014). Should I quit my day job?: A hybrid path to entrepreneurship. Academy of Management Journal, 57(4), 936-963.

[5] Mapira, N., Mitonga-Monga, J., and Ukpere, W. I. (2023). Moonlighting: A reality to improve the lived experiences of casual workers. Expert Journal of Business and Management, 11(1), 48-59.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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