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コラム

意志の力は鍛えられる:自己制御を高めるアプローチ

コラム

「意志力」という言葉を耳にしたことはありますか。ダイエットを続ける、仕事の締め切りを守る、悪習慣を断つなど、様々な場面で意志力が試されています。「あの人は意志が強い」「自分は意志が弱い」といった表現も日常会話で使われることもあるかもしれません。意志力とは実際にどのようなものなのでしょうか。

意志力は生まれつき決まっていると考える人もいるでしょう。しかし、近年の研究では、意志力は固定的なものではなく、適切な方法で訓練することができるという見方が広まっています。そして、意志力を発揮するための最適な方法についても、新たな発見がなされています。

本コラムでは、意志力に関する研究知見を紹介しながら、意志力の本質とその仕組みについて探っていきます。意志力は本当に訓練によって強化できるのか、どのような条件で意志力が高まるのか、そして意志力を上手に活用するにはどうすれば良いのかを検討していきます。

意志力は訓練と環境調整で強化できる

心理学的な観点から見ると、意志力はどのように定義されるのでしょうか。意志力は、自分の欲望や習慣的な傾向から解放されるための精神的な活動と捉えることができます。要するに、考えと行動のギャップを埋める能力であり、外部からの抵抗や誘惑に直面したときに、自分をどのようにコントロールするかということに関わっています。

意志力に関する実証的な研究として、ある研究グループは3つの研究を実施しました[1]。第1の研究では、大規模な集団を対象に意志力の強さを測定・分析し、高いパフォーマンスを発揮する職業(トップリーダー、アスリート、特殊部隊兵士など)の人々は、一般の人々より高い意志力スコアを記録することがわかりました。これらの人々は、自己制御力、自己効力感、自己規律が高く、困難な決断や課題を乗り越える力を持ち、約束を守る傾向が強いことが特徴でした。

2の研究では、意志力が強い個人へのインタビューを行いました。その結果、意志力が強い人の特徴として、達成欲求や自己効力感が高く、困難な状況でも意志力を発揮できることがわかりました。また、幼少期のロールモデル(祖父、兄、母親など)の影響を受け、規律や努力を学ぶ経験が多いという共通点も見られました。

彼ら彼女らはストレスの高い状況(困難なプロジェクト、組織内の対立など)で意志力を発揮し、「内なる声」や使命感によって行動へのコミットメントが促されることがわかりました。意志力を鍛えるために、運動や自己暗示、コンフォートゾーンを押し広げる挑戦などを取り入れていました。

3の研究では、学生が意志力を活用して課題に挑戦するプロジェクトを実施しました。結果は様々で、成功した学生もいれば、意志力の限界に直面した学生もいましたが、全体の約7割の学生が目標を達成することができました。

この研究から、成功した人は自己対話、小さな成功体験、エネルギー管理などを上手に活用していたことがわかります。一方、挫折した人はコミットメント不足、意思決定の甘さ、先延ばし、否定的な自己対話などが原因となっていました。意志力だけでは解決できない課題(生活様式の大幅な変更や心理的問題)もあることが判明しました。

これらの研究結果から、意志力を効果的に動員するためには、いくつかの戦略が重要であることがわかります。自分や他者への約束を通じて目標や目的への関与を強化する「コミットメント」です。目標そのものよりも、目的意識や個人的なニーズの充足が成功への鍵となります。

また、行動を起こす「決断」を下し、意欲を確固たる意思へと転換することが重要です。感情との結びつきを強めたり、視覚化を用いることで決断を強化したりして、決断から行動までの時間を短縮します。

否定的な感情を受け入れ、制御可能な要素に集中する「行動への取り組み方」も効果的です。大きな目標を小さなステップに分割して進め、全体の目標よりも目前の課題に集中することで、不安やストレスを軽減できます。

最後に、小さな成功を祝うことで意志力の継続を促す「報酬と学習」も一案です。過去の困難な経験を振り返り、感情的な「記憶ライブラリ」を構築することで、将来の課題に対する適応力を高めることができます。

これらの研究から、意志力は訓練によって強化できることが示唆されます。ただし、自己評価やバイアスの影響、短期的な効果などの限界も存在するため、意志力の全体像を解明するにはさらなる研究が必要です。

意志力は訓練で強化し、努力の価値も変わる

意志力が訓練によって強化できることを見てきましたが、それではどのようなトレーニング方法が効果的なのでしょうか。トレーニングによって意志力が強化されると、私たちの努力に対する価値観はどのように変化するのでしょうか。

別の研究グループは、「努力的な制御能力」という観点から意志力の強化について検討しました。努力的な制御能力とは、困難な状況でも自分の行動をコントロールする能力のことで、これが向上すれば個人の成功の可能性も高まります。

この研究グループは、複数のメタ分析(複数の研究結果をまとめて分析する方法)をレビューし、努力的な制御能力を向上させるトレーニングプログラムの効果を検証しました[2]。その結果、実行機能(考えをまとめたり、行動を切り替えたりする能力)や自己制御に関連するトレーニングプログラムは、小規模から大規模な効果をもたらすことがわかりました。

具体的には、訓練プログラムは大きく分けて、(1)実行機能を高めるプログラムと、(2)自制心・意志力・自己調整を強化するプログラムの2種類があります。実行機能は高次の認知機能であり、前頭葉と頭頂葉のネットワークに関与しています。

自己制御は、衝動を抑え、長期的目標を達成するために行動を調整する能力とされています。意志力は困難な自己制御を行う際の精神的エネルギーと考えられており、忍耐力や持続力、決断力などの特性と関連しています。

努力的制御能力を向上させるトレーニングには、いくつかの種類があります。

  • 認知トレーニング:実行機能を直接向上させるトレーニングで、例えば作業記憶訓練などがあります。このトレーニングでは、訓練した機能に近い能力(近接転移)は改善されることが確認されていますが、訓練した機能から離れた能力(遠隔転移)への効果は限定的です。
  • 身体運動トレーニング:有酸素運動、レジスタンス運動、コーディネーション運動が実行機能を向上させることが報告されています。特に、認知トレーニングと組み合わせると、より高い効果が期待できます。
  • ビデオゲームトレーニング:特に実行機能(認知的柔軟性や抑制制御)に効果があることがわかっていますが、作業記憶にはあまり影響がないようです。なお、神経疾患を持つ人々にも一定の効果が認められています。
  • マインドフルネス訓練: 8つのメタ分析のうち7つで、マインドフルネス訓練が実行機能の向上に有意な小~中程度の効果を示しました。訓練期間は平均6週間と比較的短いですが、メンタルヘルスやストレス反応の改善効果も確認されています。

一方、トレーニングによって努力の価値も変わります。「学習された勤勉性」理論によると、努力を重ねることで、努力そのものが報酬と結びつき、努力を続ける動機が強化されるとされています。努力と高報酬の関連性を学習することで、将来的に高い努力を必要とする選択を好むようになるのです。

この理論を裏付ける実験では、高い努力を求められた子どもは、トレーニング後に高努力・高報酬の選択を好むようになることがわかりました。動物実験では、高い努力で報酬を得るように訓練されたラットは、努力が必要な選択を優先しました。

意志力は自律的な目標追求で強まる

意志力を強化するトレーニング方法とその効果について見てきました。しかし、トレーニングだけでなく、目標の設定の仕方も意志力の発揮に影響を与えるのではないでしょうか。ここでは、自律的な目標追求と意志力の関係について探っていきます。

意志力が有限のリソースであると考える人と、無限のリソースであると考える人では、自己調整能力や幸福感に違いがあることがわかっています。一般的に、意志力が無限であると信じている人の方が、自己調整能力や幸福感が高い傾向にあります。しかし、人はなぜ意志力について異なる信念を持つようになるのでしょうか。

ある研究グループは、自律的な目標追求が意志力に関する信念にどのような影響を与えるのかを調査しました[3]。自律的な目標追求とは、外部からの圧力や義務感ではなく、自分の内側から湧き上がる意欲や関心に基づいて目標に取り組むことを指します。言い換えれば、「やらなければならない」ではなく「やりたい」という気持ちで目標に向かうことです。

この研究グループは、自律的な目標追求と意志力に関する信念の関係を探るために、3つの研究を実施しました。研究1では、208人の参加者を対象に4ヶ月間の縦断調査を行いました。研究2では、92人の大学生を対象に、日々の活力を詳細に測定する経験サンプリング法を用いた調査を実施しました。研究3では、243人の参加者を対象に実験を行い、自律的な思考を誘発することの効果を検証しました。

研究1の結果、自律的な目標追求は4ヶ月後の意志力に関する信念の変化を予測することがわかりました。具体的には、自律的に目標を追求している人ほど、時間の経過とともに「意志力は無限である」という信念を強く持つようになりました。この関係は「活力」によって媒介されていることも判明しました。自律的な目標追求は活力を高め、その結果として意志力が無限であるという信念が強化されるというプロセスがあることがわかったのです。

一方で、意志力が無限であるという信念を持っている人は、より自律的に目標を追求する事実も見られました。これは、意志力に関する信念と自律的な目標追求の間に双方向の関係があることを示唆しています。しかし、この逆方向の関係は活力によって媒介されていませんでした。

研究2では、大学生を対象に、試験勉強という共通の目標に取り組む過程で、日々の活力と意志力に関する信念の変化を詳細に測定しました。ここでも研究1と同様の結果が得られ、自律的な目標追求が活力を高め、それが意志力に関する信念に影響を与えるというプロセスが確認されました。

研究3では、実験的に自律的な動機づけを誘発し、その効果を検証しました。参加者を「自律的動機づけ条件」と「統制的動機づけ条件」の2グループに分け、それぞれ異なる教示を与えました。自律的動機づけ条件の参加者には、自分の興味や価値観に基づいて課題に取り組むよう促し、統制的動機づけ条件の参加者には、外部からの評価や義務感に基づいて課題に取り組むよう促しました。

その結果、自律的動機づけ条件の参加者は、統制的動機づけ条件の参加者よりも強く自律性を感じ、課題をより消耗しないと感じ、課題に取り組む意欲が高いことがわかりました。また、自律的動機づけ条件の参加者は、統制的動機づけ条件の参加者よりも活力を感じ、意志力が無限であるという信念をより強く支持していました。

このように、自律的な目標追求は活力を高め、それが意志力に関する信念に影響を与えることが示されました。統制的な動機づけの下では、活力が低く、意志力を有限のリソースと捉える傾向が強いことも明らかになりました。

これらの研究から、自律的な目標追求と意志力の無限理論(意志力が無限であるという信念)の間には、相互強化的な関係があることがわかります。自律的に目標を追求することで活力が高まり、それが意志力の無限理論を強化します。一方、意志力の無限理論を持つことで、より自律的に目標を追求できるようになります。

意志力の信念は、生まれつきの「意志力の貯蔵量」ではなく、目標追求時の活力経験によって形成される可能性があります。自律的な目標追求を促すことで、意志力の無限理論を育み、自己制御能力の向上につながる可能性があるということです。

自律性を支援する環境(例えば、職場での裁量権の拡大)を整えることが、意志力の無限理論を促進する手段となります。自律的な環境では、人々は自分の興味や価値観に基づいて行動できるため、活力が高まり、意志力を無限のリソースと捉えやすくなります。

意志力より誘惑回避が自己制御を高める

ここまで、意志力が訓練によって強化できること、自律的な目標追求が意志力を強めることを見てきました。しかし、意志力だけで目標を達成することは本当に最適な方法なのでしょうか。意志力の限界と、それを補完する自己制御の方法について考えていきます。

自己制御に関する分析が、対立を伴う状況における意志力のみに焦点を当てるのは十分ではありません。ある研究者は、目標達成の最善の方法は誘惑に抵抗することではなく、そもそも誘惑を避けることであると述べています[4]

この研究者は、意志力を「短期的な小さな報酬を放棄し、より大きな長期的な報酬を選択するプロセス」と定義しています。この理論では、意志力は一時的な誘惑と長期的な目標との認知的対立を含みます。しかし、このような「瞬間的な認知的対立」に焦点を当てた分析では、自己制御プロセスの重要な側面を見落とす可能性があります。

近年の研究では、誘惑と戦うのではなく、そもそも誘惑を避けることが目標達成に最適な方法であると示されています。意志力は脆弱であり、最も効果的な自己制御者ほど意志力をほとんど使わないことがわかっています。

自己制御力の高い人や誠実性の高い人は、日常生活で意志力をほとんど使わないことがわかっています。彼ら彼女らの成功は、目標指向の行動を習慣化し、誘惑の発生を未然に防ぐことに起因しています。目標を「やらなければならない」ものではなく、「やりたい」と感じるようにすることで、誘惑に対する抵抗力を高めているのです。

研究によると、誘惑に抵抗することは有効ではあるものの、その成功率は一定ではなく、むしろ計画的な回避の方が効果的です。また、意志力を頻繁に使う人が目標達成に成功しているとは限らないという研究結果もあります。

ここで注意したいのは、意志力がまったく不要だというわけではない点です。新しい習慣を形成する初期段階では、意志力は重要な役割を果たします。しかし、長期的な目標達成を考えるならば、意志力だけに頼るのではなく、それを補完する他の自己制御戦略も活用すべきでしょう。

意志力は自己制御の一要素ではありますが、それだけで目標達成を目指すのは効率的ではありません。誘惑との対決を避け、習慣化や環境調整などの戦略を組み合わせることで、より持続可能な自己制御が可能になります。

脚注

[1] Karp, T., Lagreid, L. M., and Moe, H. T. (2014). The power of willpower: Strategies to unleash willpower resources. Scandinavian Journal of Organizational Psychology, 6(2), 5-20.

[2] Audiffren, M., Andre, N., and Baumeister, R. F. (2022). Training willpower: Reducing costs and valuing effort. Frontiers in Neuroscience, 16, 699817.

[3] Sieber, V., Fluckiger, L., Mata, J., Bernecker, K., and Job, V. (2019). Autonomous goal striving promotes a nonlimited theory about willpower. Personality and Social Psychology Bulletin, 45(8), 1295-1307.

[4] Ainslie, G. (2021). Willpower with and without effort. Behavioral and Brain Sciences, 44, e30.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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