ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

意志力は枯渇するか:信念が変われば行動も変わる

コラム

疲れ果てた夕方、残業をするか家に帰るか。誘惑的なデザートを目の前にして、食べるか我慢するか。これらの選択の裏には、私たち一人ひとりが持つ「意志力」に関する信念が隠れています。皆さんは意志力をどのように捉えていますか。使うほどに消耗していく有限の資源でしょうか、それとも鍛えれば鍛えるほど強くなる無限の能力でしょうか。

このシンプルな問いの答えが、実は様々な局面、例えば、仕事の取り組み方、人間関係の質、年齢を重ねる中での心理的変化に違いを生み出しています。意志力を有限だと信じる人は疲労後に休息を優先し、パートナーへのサポートも減少する傾向があります。一方で、年齢を重ねるにつれて多くの人が意志力を無限と捉えるようになり、この変化が人生の満足度にも関わってきます。

本コラムでは、研究知見に基づいて、意志力に対する私たちの信念が行動や関係性、そして幸福にどのように影響するのかを掘り下げていきます。意志力という目に見えない心の働きが、様々な側面を形作る重要な鍵となっていることが見えてくるでしょう。

意志力を有限と信じると休息を優先する

私たちは、意志力がどのようなものかについて何らかの考えを持っています。この考え方は「暗黙の理論」と呼ばれ、大きく二つに分けられます。一つは「有限理論」で、意志力はエネルギーのように使えば使うほど減っていくと考える見方です。もう一つは「無限理論」で、意志力は使っても減らないか、むしろ使うことで強化されると考える見方です。

この二つの考え方の違いは、私たちが日常生活で自己制御を必要とする場面で現れてきます。例えば、仕事で難しい課題に取り組んだ後、その後の行動パターンが変わってくるのです。「有限理論」を持つ人は、自己制御を行った後に休息を求める心理が強くなることが研究で明らかになっています[1]

ある実験では、参加者たちに思考抑制課題(白いクマを考えないようにする課題)と自由思考課題(何を考えても良い課題)のいずれかを行ってもらいました。思考抑制課題は自己制御を必要とする「高枯渇条件」として設定されています。その後、参加者たちに休息に関連する言葉(例えば「リラックス」「休憩」など)をどれだけ速く認識できるかを測定する語彙判断課題を行いました。

結果、意志力を有限な資源だと信じている人は、思考抑制課題を行った後、休息関連の言葉をより早く認識することができました。これは、自己制御を行った後に「休息目標」が活性化したことを示しています。一方、意志力が無限だと信じる人には、このような変化は見られませんでした。

別の実験では、参加者たちに自己制御課題の後、休息を促進する対象(例えば、ソファ、枕など)と努力を促進する対象(例えば、本、ペンなど)の評価をしてもらいました。意志力を有限だと信じる人は、自己制御課題の後に休息を促進する対象をより肯定的に評価し、努力を促進する対象をより否定的に評価しました。これは、有限理論を持つ人が自己制御の後に「回復と休息を求める動機づけ」が高まり、同時に高い努力を要する活動を避けるようになることを示唆しています。

これらの実験は、私たちの意志力に対する信念が、単なる考え方の違いではなく、行動パターンに影響することを示しています。ある研究では、参加者たちに自己制御課題を行ってもらった後、次の課題の前に「必要なだけ休憩を取ってください」と指示しました。

そうしたところ、意志力を有限な資源だと信じている人たちは、そうでない人たちよりも長い休憩を取りました。休憩時間が長いほど、その後の休息関連語の認識速度は遅くなりました。休憩を取ることで休息目標が満たされ、その後の休息目標の活性化が低下したのでしょう。

別の実験では、参加者に複数の椅子に座る時間を測定しました。意志力を有限だと信じる人は、自己制御課題の後により長く椅子に座る傾向があり、これは休息行動が増加したことを示しています。一方で、意志力が無限だと信じる人は、自己制御課題の前後で座る時間に変化がありませんでした。

これらの研究から、意志力を有限な資源だと信じることは、自己制御の後に休息を優先する行動を促す可能性があることがわかります。このことは、私たちの意思決定に影響を与える可能性があります。例えば、仕事で複雑な問題に取り組んだ後、次の課題に取り組むか休息を取るかの選択は、意志力に対する個人の信念に左右されるかもしれません。

意志力を有限と信じると支援も満足度も低下する

意志力に対する信念は、私たち自身の休息行動だけでなく、人間関係にも深い影響を及ぼします。親密なパートナーシップにおいて、意志力に対する考え方がどのように社会的支援や関係満足度に関連するかを検討してみましょう。

恋愛関係における意志力の信念を調査した研究では、「意志力は消耗し、精神的負荷がかかると自己制御能力が低下する」という有限理論を持つ人ほど、パートナーへの支援提供が少ないことがわかりました[2]。この支援には、実用的なサポートを提供する「道具的支援」と、感情的なサポートを提供する「情緒的支援」の両方が含まれます。

具体的に見てみると、有限理論を持つ人は、パートナーの悩みを聞いたり、励ましたりするような情緒的支援を提供することが少ない傾向にありました。この傾向は、支援を提供する側の自己報告だけでなく、支援を受ける側のパートナーの報告からも確認されました。「意志力は有限だ」と信じる人は実際に情緒的なサポートを提供しにくく、そしてそのパートナーもそのように感じているわけです。

同様に、有限理論を持つ人は、家事や金銭的支援などの実務的なサポートである道具的支援についても、提供が少ないことが見えてきました。当初の予想では、道具的支援は情緒的支援と比べると自己制御資源を消耗しにくいため、その影響はやや弱いかもしれないと考えられていました。しかし、実際には道具的支援と情緒的支援の提供に対する意志力信念の影響に大きな差はなく、両方のタイプの支援が同様に減少していたのです。

意志力に対する信念は、関係満足度にも関連していました。有限理論を持つ人ほど、自分自身の関係満足度が低いことがわかったのです。この発見は、他の個人特性(性格特性や愛着スタイルなど)を考慮した後でも変わりませんでした。有限理論を持つ人は、感情的および身体的な疲労を経験しやすく、そのため関係に対する満足度が低下するのかもしれません。

しかし、パートナーの関係満足度に対する影響は見られませんでした。つまり、意志力を有限と信じる人の満足度は低くなるものの、そのパートナーの満足度には直接的な影響がないということです。これは、意志力の信念が主に自分の経験に影響し、パートナーの経験には間接的な影響しか及ぼさない可能性を示唆しています。

もう一つの興味深い質問は、本人とパートナーの意志力の信念が類似しているかどうか、またその類似性が関係満足度に影響するかどうかでした。研究によると、パートナー同士の意志力の信念はランダムな組み合わせよりも類似する傾向があったものの、その類似性は関係満足度とは関連がありませんでした。

これらの発見から、意志力に対する信念が、休息だけでなく人間関係にも現れることがわかります。有限理論を持つ人は、自己制御を要するタスクとしてパートナーへの支援提供を見なし、支援行動が減少する可能性があります。また、自分の意志力を温存するために、積極的な関係維持行動(会話やサポート提供など)が減ることで、自身の関係満足度も低下する可能性があります。

意志力は加齢と共に無限と信じやすくなる

意志力に対する信念は、年齢によって変化することが明らかになっています。年齢が高くなるほど、意志力を「無限な資源」と信じる傾向が強くなるのです。これは若い世代が意志力を「有限な資源」として捉えやすい傾向があるのとは対照的です。

この現象を詳しく調査した研究では、18歳から83歳までの800名以上を対象に意志力に関する信念を測定しました[3]。その結果、年齢が高くなるにつれて、意志力を無限の資源と見なす傾向が強まることが示されました。この関係は、健康状態を考慮した場合でも変わりませんでした。身体的な衰えや健康状態の悪化にもかかわらず、高齢者は意志力が無限の資源であると信じるようになるのです。

通常、年を取るとともに身体機能や認知機能が低下するため、高齢者は自己制御能力を限られた資源と感じる可能性があると予想されます。しかし、実際にはその逆の結果が得られました。

なぜ年齢とともに意志力に対する信念が変化するのでしょうか。この変化に「自律性」が重要な役割を果たしていると考えられます。自律性とは、自分の行動や決断を自己決定できる感覚のことです。

高齢者と若年者(18~35歳と60歳以上)を比較した研究では、高齢者は精神的に厳しい課題に取り組む際により高い自律性を感じることがわかりました。高齢者は自分の意志で課題に取り組んでいると感じ、これが意志力を無限と捉える考え方につながっている可能性があります。

実際に、自律性と意志力の信念の間には正の相関関係があることが確認されています。自律性を強く感じるほど、無限理論を支持する傾向が強くなるのです。このことから、年齢に伴う自律性の向上が、意志力に対する無限理論の発展を促進していると考えられます。

高齢者は、仕事や日常の役割が減少し、自由な時間を持つことで自律性を得やすくなります。若い頃は他者からの要求や社会的責任が多く、「やらなければならない」と感じる場面が多いのに対し、高齢になると自分の意志で活動を選ぶ機会が増えるのです。

この関係を明確にするため、実験的研究も行われました。参加者に高自律性条件と低自律性条件をランダムに割り当て、自律性の操作が意志力の信念に与える影響を検証しました。結果、高自律性条件の参加者は、低自律性条件の参加者よりも無限理論を支持することが明らかになりました。

若年者に高い自律性を感じさせると、高齢者のような無限理論を持つようになりました。逆に、高齢者に低い自律性を感じさせると、若年者のような有限理論に近づいたのです。これらの結果は、自律性が意志力の信念に与える影響を示しています。

意志力は幼少期の自己制御が左右する

意志力に関する信念や能力は、成人期になって突然形成されるわけではありません。幼少期の自己制御能力が、その後の人生における意志力の発揮方法に関わっていることが、長期的な研究から明らかになっています[4]

1960年代後半、研究者たちは幼児の自己制御能力を測定するために「マシュマロ・テスト」として知られる実験を開発しました。この実験では、4歳から6歳の子どもたちに選択肢が与えられます。すぐに1つのマシュマロを食べるか、実験者が戻ってくるまで待って2つのマシュマロを得るかというものです。子どもたちがどれだけ長く待つことができるかが自己制御能力の指標となります。

この幼児期の自己制御能力が、その後の人生の様々な成果と関連していることが、40年以上にわたる追跡研究で明らかになりました。幼児期に長く待つことができた子どもたちは、青年期・成人期において様々な面で優れた結果を示したのです。

まず、学業・知的能力の面では、幼児期に高い自己制御能力を示した子どもたちは、後の学業成績が高く、特に大学進学適性試験(SAT)のスコアが高い傾向がありました。論理的思考や問題解決能力も優れており、知的能力の向上につながっていました。

社会的・感情的適応の面では、幼児期の自己制御能力が高いほど、青年期・成人期のストレス対処能力が向上し、自己評価が高く、自信を持ちやすいことがわかりました。逆に、自己制御が低い子どもは、衝動的行動が増え、攻撃的行動、いじめ、他者との対立が増加するなど、社会的適応が困難になりました。

健康や依存行動との関係も明らかになりました。幼児期の自己制御が高い人は、成人期の健康行動が良好で、薬物使用率が低く、肥満リスクも低いことがわかりました。さらに、自己制御能力が高いと、境界性パーソナリティ障害の症状を予防する可能性も示唆されています。

経済的・職業的成功においても、幼児期の自己制御能力が高いほど、成人期の経済的・職業的成功率が高く、職業的なパフォーマンスが良好で、失業率が低いことが見えてきました。

これらの結果から、幼児期の自己制御能力がその後の人生の成功や幸福に影響を与えることがわかります。子どもたちはどのように誘惑に抵抗し、自己制御を発揮しているのでしょうか。

研究によると、満足遅延を成功させるための戦略には2つの方法があります。一つは「認知的再評価」で、誘惑対象を、感情を刺激するような「ホットな認知」ではなく、抽象的・非感情的な「クールな認知」として捉えるというものです。例えば、マシュマロを食べ物としてではなく、白い雲やコットンボールのように想像するといった方法です。「ホットな認知」に焦点を当てると誘惑に負けやすく、「クールな認知」を活用すると自己制御が向上することがわかっています。

もう一つの戦略は「注意制御」です。これは、誘惑を見ないようにする(視線をそらす)ことで、衝動的行動を抑制するというものです。他の活動に注意を向ける(指を数える、歌を歌うなど)ことも有効な方法です。

脚注

[1] Job, V., Bernecker, K., Miketta, S., and Friese, M. (2015). Implicit theories about willpower predict the activation of a rest goal following self-control exertion. Journal of Personality and Social Psychology, 109(4), 694-706.

[2] Francis, Z., Weidmann, R., Buhler, J. L., Burriss, R. P., Wunsche, J., Grob, A., and Job, V. (2024). My willpower belief and yours: Investigating dyadic associations between willpower beliefs, social support, and relationship satisfaction in couples. European Journal of Personality, 38(5), 778-792.

[3] Job, V., Sieber, V., Rothermund, K., and Nikitin, J. (2018). Age differences in implicit theories about willpower: Why older people endorse a nonlimited theory. Psychology and Aging, 33(6), 940-952.

[4] Mischel, W., Ayduk, O., Berman, M. G., Casey, B. J., Gotlib, I. H., Jonides, J., Kross, E., Teslovich, T., Wilson, N. L., Zayas, V., and Shoda, Y. (2011). ‘Willpower’ over the life span: Decomposing self-regulation. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 6(2), 252-256.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています