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コラム

疲れ知らずの思考法:意志力の見方を変える

コラム

仕事や勉強で集中力が続かず、「今日はもう疲れた」と感じることはありませんか。特に困難な課題に取り組んだり、感情をコントロールしたりする場面では、「意志力が尽きた」と感じることがあるでしょう。意志力には限界があり、使い切ってしまうと回復するまで待つ必要があると考える人がいます。しかし、この考え方はあまり有益ではないとしたら、どうでしょうか。

近年の研究では、意志力に対する私たちの考え方そのものが、行動や心理状態に作用することがわかってきました。意志力を「有限な資源」と考えるか、「無限に活用できるもの」と考えるかによって、仕事のパフォーマンスや幸福感、学習効果まで変わってくるというのです。

本コラムでは、意志力に関する信念がもたらす様々な効果について探ります。職場における疲労感の軽減、自己制御能力の向上、幸福感の増加、そして学習の持続性といった側面から、意志力を「無限」と信じることの意義を考えていきます。皆さんが持つ意志力に関する考え方が、皆さんの仕事人生の多くの面に影響を及ぼしているかもしれません。

意志力を無限と信じると職場の消耗が減る

ビジネスの現場では、顧客対応や会議中の感情コントロールなど、自分の本当の感情と異なる表情や態度を取ることが求められる場面が少なくありません。笑顔を保ちながら対応しなければならない時に、内心では不快感や怒りを覚えているといった状況です。このような感情の不一致は心理的な負担となり、疲労感を引き起こすことが知られています。しかし、このプロセスには個人差があり、その鍵となるのが「意志力をどのように捉えているか」です。

ある研究チームは、意志力に関する考え方が、職場における感情管理による疲労と、その影響が家庭に及ぼす波及効果にどう関わるかを調査しました[1]10日間にわたる調査を行い、71名の働く人々の日々の感情状態や疲労感を記録しました。

この調査では、参加者の「感情的不一致」、つまり仕事中に実際の感情と異なる感情表現をしなければならない頻度を測定しました。同時に、職場と家庭での「自我消耗」の状態も測定しました。自我消耗とは、集中力の低下や意志力の減退などの状態を指します。さらに、参加者の「意志力に関する暗黙の信念」を測定しました。意志力を「有限の資源」と考えるか、「無限の資源」と考えるかを判別しました。

調査の結果、感情的不一致を経験すると、職場での自我消耗が増加し、その疲労感が家庭にまで持ち越されることが確認されました。しかし、意志力を「無限の資源」と考える人々においては、感情的不一致が自我消耗に及ぼす悪影響が軽減されることが判明しました。

具体的には、意志力を「有限」と信じる人は、感情的不一致を経験すると、「もうエネルギーが残っていない」と感じやすく、職場における集中力や自制心が低下しました。そして、その疲労感が帰宅後も続き、家庭生活に支障をきたす状態になりました。

一方、意志力を「無限」と信じる人々は、同じように感情的不一致を経験しても、「この状況に対処するための力はまだある」と考え、職場での消耗を最小限に抑えることができました。その結果、家庭に持ち帰る疲労感も少なくなりました。

この研究は、意志力に対する信念が単なる考え方の違いではなく、疲労感や日常生活のパフォーマンスに直接影響することを実証しています。特に感情労働が求められる職種において、意志力を「無限の資源」と捉える見方は、職場でのストレスによる消耗を防ぎ、ワークライフバランスを保つうえで有益であることが示唆されています。

意志力に関する信念は、ストレスフルな職場環境における心理的な防御機能を果たすと考えられます。意志力を「無限」と信じることで、困難な状況でも前向きな対処が可能になり、精神的な疲労の蓄積を防ぐことができるのです。

意志力を無限と信じると自己制御が向上する

日常生活では、誘惑に負けずに健康的な食事を選んだり、やるべき課題を先延ばしにせずに取り組んだりと、様々な場面で自己制御が求められます。しかし、なぜ同じような状況でも、ある人は自己制御を維持できる一方で、別の人はすぐに挫折してしまうのでしょうか。この違いが意志力に関する個人の信念に関連していることを明らかにした研究があります[2]

大学生を対象に、長期間の追跡調査が実施されました。「意志力に関する暗黙の理論」と、日常生活における様々な自己制御行動や学業成績との関連を調べたのです。意志力に関する暗黙の理論とは、簡単に言えば、意志力が有限な資源であり使い果たすと疲れ果てると考える「有限理論」と、意志力は使えば使うほど強くなると考える「無限理論」の二つの考え方を指します。

研究では、参加者の意志力に関する理論を測定するとともに、日常的な自己制御の失敗(先延ばし、不健康な食事、時間管理の失敗、衝動的な支出など)についても定期的に報告を求めました。また、学業記録から成績(GPA)や履修単位数といったデータも収集しました。

結果、意志力を「無限の資源」と信じる学生は、「有限の資源」と信じる学生に比べて、自己制御能力が全般的に高いことが判明しました。特に学業負荷が高まる状況下(試験期間や課題が多い時期)において、その差が顕著に表れました。

意志力を「無限」と考える学生は、課題の先延ばしが少なく、時間管理に優れ、不健康な食習慣や衝動的な支出も少ない傾向が見られました。これに対し、意志力を「有限」と考える学生は、学業負荷が高まると自己制御が低下し、課題を先延ばしにしたり、ストレス解消と称して不健康な食習慣に走ったりする頻度が増加しました。

さらに、この自己制御の違いは学業成績にも反映されていました。特に履修単位数が多い(学業負荷が高い)学生において、意志力を「無限」と信じる学生は「有限」と信じる学生よりも高いGPAを獲得していたのです。この成績の差は、先延ばし行動の多さによって説明できることも判明しました。意志力を「有限」と信じる学生は課題を先延ばしにしやすく、それが成績低下につながっていたのです。

意志力を「有限な資源」と考える人は、少しでも疲労や消耗を感じると「もう十分頑張った」と考え、自制心を発揮するのをやめてしまう傾向があります。これは一見、リソースを適切に管理しているように思えますが、実際には必要な時に自己制御を放棄することになり、長期的には不利に働きます。

一方、意志力を「無限の資源」と考える人は、困難や疲労を感じても「まだやれる」と信じ、自己制御を維持し続けることができます。自己制御を発揮することで、むしろ意志力が強化されると考えているため、高い負荷にも耐えられるということです。

この研究が示唆する重要な点は、意志力の「実際の量」よりも、意志力に対する「信念」の方が自己制御行動を予測するという点です。言い換えれば、自分の意志力を信じることが、実際の自己制御能力を高める可能性があるのです。

意志力を無限と信じると幸福感が高まる

幸福感は人生の質を左右する要素ですが、日々の生活の中で感じる幸福度には個人差があります。なぜある人は困難な状況でも幸福感を維持できるのに、別の人はすぐに落ち込んでしまうのでしょうか。意志力に関する信念と幸福感の関係について興味深い知見が得られています。

研究チームは3つの異なる調査を実施し、意志力に関する信念が主観的幸福感にどのように関わるかを検証しました[3]。最初の調査では、働く成人を対象にオンライン調査を行い、意志力を「有限の資源」と考えるほど、生活満足度が低く、不快な気分を経験する頻度が高いことを発見しました。

2つ目の調査では、大学生を対象に半年間の縦断研究を実施しました。学期の始め(負担が比較的少ない時期)と終わり(試験期間で負担が大きい時期)に、意志力に関する信念と主観的幸福感を測定しました。その結果、意志力を「有限」と考える学生は、学期が進むにつれて幸福感が低下する傾向が見られました。一方、意志力を「無限」と考える学生は、試験期間という負担の大きい時期でも、幸福感の低下が比較的小さかったのです。

3つ目の調査ではさらに詳細な分析を行うため、日記調査法を用いました。この方法では、参加者が毎日の状態を記録することで、より正確なデータを集めることができます。調査の結果、意志力を「無限」と信じる学生は、試験期間においても効果的に目標に取り組むことができ、目標の進捗も順調でした。それに対して、意志力を「有限」と信じる学生は、試験期間になると目標追求の効率が向上せず、目標の進捗も遅れがちでした。

目標の進捗状況や目標追求の効率が、意志力の信念と幸福感の関係を媒介していることも明らかになりました。要するに、意志力を「無限」と信じることで目標達成が促進され、それが幸福感の維持につながるというメカニズムが存在するのです。

この関係性は、他の心理的要因(楽観性、自己効力感、特性的自己制御など)を統制した上でも有意でした。単に「前向きな性格だから幸福」というわけではなく、意志力に関する信念が幸福感に独自の影響を与えていることが確認されました。

なぜ意志力を「無限」と信じることが幸福感を高めるのでしょうか。意志力を「無限」と考える人は、ストレスフルな状況でも前向きに対処し、目標に向かって努力を続けることができます。目標達成に向けた進捗は、それ自体が幸福感をもたらす源泉となります。

また、意志力を「有限」と考える人は、疲労やストレスを感じると「休息が必要だ」と考え、ソファでくつろぐなどの低活動状態を好みます。それに対して、意志力を「無限」と考える人は、運動や創造的活動、社交活動などの積極的な活動を行い、これがむしろ効果的な回復につながるのかもしれません。

さらには、意志力を「無限」と信じることで、困難な状況でも自分にはそれを乗り越える力があると認識でき、これが自己効力感を高め、ストレス耐性を強化する可能性があります。結果、学業や仕事でのプレッシャーが高まる時期でも、幸福感を維持できるのではないかと考えられます。

意志力を無限と信じると学習が持続する

新しいスキルを身につけたり、知識を深めたりするためには、時に困難な課題に対して持続的に取り組む必要があります。しかし、学習の過程で多くの人が「もう集中力が続かない」と感じ、途中で投げ出してしまうことがあります。意志力に関する信念が学習の持続性にどのような影響を与えるかが調査されています[4]

具体的には、参加者に対して意志力に関する考え方を一時的に操作するという実験を行いました。一部の参加者には「意志力は限られた資源であり、使い果たすと枯渇する」という記事を読んでもらい(有限資源グループ)、別の参加者には「意志力は使えば使うほど強くなる」という記事を読ませました(無限資源グループ)。その後、両グループともに難易度の高い認知課題に取り組んでもらいました。

最初の段階では両グループの学習効果に差は見られませんでした。しかし、時間が経過するにつれて違いが現れ始めました。意志力を「無限の資源」として捉えたグループは、課題全体を通じて学習を持続させることができました。一方、意志力を「有限の資源」として捉えたグループは、途中から学習が停滞し、パフォーマンスの向上が見られなくなりました。

この研究は、意志力に関する信念が学習プロセスに影響することを示しています。意志力を「無限」と信じることで、困難な課題に対しても持続的に取り組むことができ、学習効果が高まるのです。

なぜこのような違いが生じるのでしょうか。意志力を「有限」と考える人は、精神的な負荷を感じると「エネルギーが枯渇している」と解釈し、さらなる努力を避ける傾向があります。これはエネルギー量を節約するための防御反応とも言えますが、学習の持続性という点では不利に働きます。

一方、意志力を「無限」と考える人は、同じように疲労感を覚えても「まだやれる」と考え、課題に取り組み続けることができます。そこでは精神的な負荷を「成長の機会」と捉え、その状態を乗り越えることで意志力が強化されると信じているのです。

企業の中の教育においても、この知見は価値があります。新しいスキルを教える際に、内容を伝えるだけでなく、意志力に関する考え方そのものに働きかけることで、学習者の持続性を高められる可能性があります。

脚注

[1] Konze, A. K., Rivkin, W., and Schmidt, K. H. (2018). Can faith move mountains? How implicit theories about willpower moderate the adverse effect of daily emotional dissonance on ego-depletion at work and its spillover to the home-domain. European Journal of Work and Organizational Psychology, 28(2), 137-149.

[2] Job, V., Walton, G. M., Bernecker, K., and Dweck, C. S. (2015). Implicit theories about willpower predict self-regulation and grades in everyday life. Journal of Personality and Social Psychology, 108(4), 637-647.

[3] Bernecker, K., Herrmann, M., Brandstatter, V., and Job, V. (2017). Implicit theories about willpower predict subjective well-being. Journal of Personality, 85(2), 136-150.

[4] Miller, E. M., Walton, G. M., Dweck, C. S., Job, V., Trzesniewski, K. H., and McClure, S. M. (2012). Theories of willpower affect sustained learning. PLoS ONE, 7(6), e38680.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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