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コラム

従業員の力を最大化する人事戦略:ハイパフォーマンス・ワーク・システムとは何か(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20255月にセミナー「従業員の力を最大化する人事戦略:ハイパフォーマンス・ワーク・システムとは何か」を開催しました。

テレワークの普及、副業・兼業の容認、ジョブ型雇用への注目など、日本の雇用環境が変化する現在、人材マネジメントは複雑化しています。この転換期において、組織のパフォーマンスを高める包括的な人事アプローチとして注目されているのが「ハイパフォーマンス・ワーク・システム(HPWS)」です。

本セミナーでは、HPWSの本質と効果メカニズムに迫りました。採用・研修・評価・報酬といった人事施策を戦略的に組み合わせることで、従業員の意欲や創造性が高まり、組織の適応力が向上するという「光」の側面。

一方で、管理職と従業員の認識ギャップ、過度な業務負荷によるストレス、裁量の欠如がもたらす弊害といった「影」の側面。さらに企業規模による効果の違いや、導入時の留意点まで、研究知見に基づいて多角的に解説しました。

HPWSは単純に制度の問題ではなく、従業員の心理や行動、職場の文化にまで影響を及ぼします。形式的な導入ではなく、組織の理念や戦略と整合性を持たせ、従業員の視点に立った運用が成功の鍵となります。

人材を企業の競争優位の源泉と位置づけ、その能力を最大限に引き出すHPWSの真価を理解することは、これからの人事戦略において有用でしょう。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

はじめに

現代の企業経営において、人材は重要な経営資源として認識されるようになっています。組織の持続的な競争優位性を確保するためには、従業員の能力を引き出し、活用することが求められます。こうした中で注目を集めているのがハイパフォーマンス・ワーク・システム(HPWSHigh Performance Work System)です。

HPWSとは、人材の採用から育成、評価、報酬に至るまでの人事施策を戦略的に組み合わせ、組織全体のパフォーマンスを高める包括的なアプローチです。個別の人事施策の寄せ集めではなく、相互に関連し補完し合う一連の仕組みとして機能することが特徴です。

研究によれば、HPWSを効果的に導入している企業では、従業員の意欲や創造性が高まり、組織の柔軟性や適応力が向上することが明らかになっています。しかし、その導入にあたっては様々な課題や注意点も存在します。本講演では、HPWSの基本概念から組織への影響、効果をもたらすメカニズム、そして負の側面まで、幅広く解説していきます。

HPWSとは何か

ハイパフォーマンス・ワーク・システム(HPWS)とは、従業員の能力、動機づけ、参加機会を高めるために設計された複数の人事施策を束ねたシステムです[1]。個別の施策ではなく、それらを戦略的に組み合わせることで相乗効果を発揮し、組織全体のパフォーマンスを向上させることを目指しています。

HPWSは大きく9つのカテゴリーに整理することができます[2]

  • 第一に「報酬・福利厚生」があります。これは従業員の行動を業績目標に結びつける金銭・非金銭的インセンティブの仕組みで、ペイ・フォー・パフォーマンス、利益分配・株式報酬、競争的な賃金水準、包括的な福利厚生などが含まれます。
  • 第二の「職務・仕事設計」は、従業員の自律性と能力活用を高める職務構造を整えるものです。職務拡充、自己管理型チーム、配置転換、柔軟な勤務制度などの施策が該当します。これによって従業員は自律的に働き、多様な能力を発揮する機会を得られます。
  • 第三の「訓練・能力開発」は、現在の職務と将来必要となる能力を体系的に育成する仕組みです。全社的な研修、部門横断的なトレーニング、キャリア開発支援、研修効果の測定などが含まれます。
  • 第四の「採用・選抜」は、企業戦略に適合する優秀な人材を厳格に選抜するプロセスを指します。構造化面接、能力テスト、組織適合性の評価、革新的な採用手法などが該当します。
  • 第五の「労使関係」は、経営側と従業員の間の信頼とコミットメントを醸成する施策です。雇用保障、階層間の低い格差、従業員意識調査、公正な苦情処理制度などが含まれます。
  • 第六の「コミュニケーション」は、組織の戦略や業績情報の双方向的な共有を促進します。公開型マネジメント、社内SNSや知識共有プラットフォーム、リアルタイムのフィードバックなどがこのカテゴリーに属します。
  • 第七の「業績管理・評価」は、期待・成果・報酬の連鎖を可視化するシステムです。MBO、定期的な評価、360度評価、リアルタイムのフィードバックなどが含まれます。
  • 第八の「昇進・キャリア管理」は、内部労働市場と後継者計画を整備するものです。明確な昇進基準、内部人材の積極的登用、人材パイプラインの管理などがこれに該当します。
  • 最後の「離職・定着・退出管理」は、優秀な人材の維持と知識流出の抑制を目指します。離職の兆候モニタリング、退職者とのネットワーク(アルムナイネットワーク)、退職インタビューなどの施策が含まれます。

これら9つのカテゴリーのHPWSは、それぞれが独立して機能するのではなく、相互に補完し合い、一貫したシステムとして機能することが重要です。例えば、厳選採用で優秀な人材を確保しても、その後の育成や評価の仕組みが整っていなければ、人材の能力を十分に引き出すことはできません。同様に、高度な研修制度を導入しても、習得したスキルを活かせる職務設計や報酬制度がなければ、研修の効果は限定的となるでしょう。

HPWSの組織的効果

HPWSの中でも特に中核的な施策として位置づけられるのが、採用・選抜、報酬・福利厚生、業績管理・評価、訓練・能力開発といった基本的な人事施策です。これらの施策は時代や文化を超えて効果を発揮することが研究によって明らかになっています[3]。特に、多くの研究で言及され、複数の地域で効果が確認されている施策は、どの組織でも導入を検討すべき要素と言えるでしょう。

HPWSを導入することで、組織にはどのような効果がもたらされるのでしょうか。例えば、従業員の意欲や創造性が高まることが指摘されています。適切な研修と評価の仕組みにより、従業員は自身のスキルを向上させ、それを発揮する機会を得ることができます。公正な報酬制度を通じて、努力と成果が評価されるという安心感が生まれ、さらなる努力へとつながります。

組織全体としては、柔軟性や適応力の向上が期待できます。従業員が多様なスキルを持ち、自律的に判断する力を身につけることで、環境変化に対する組織の対応力が高まります。例えば、市場の変化に迅速に対応し、新しいサービスや製品を提供することが可能になります。

興味深いことに、HPWSと組織パフォーマンスの間には相互作用があることも明らかになっています。HPWSの導入が組織のパフォーマンスを高めると同時に、高いパフォーマンスを達成した組織はさらにHPWSへの投資を行うという好循環が生まれるのです[4]

例えば、HPWSを導入した企業が生産性向上や顧客満足度の増加といった成果を上げると、その成功体験から経営層はHPWSの有効性を実感し、さらなる投資を行います。業績向上に伴い資金的な余裕も生まれるため、より充実した研修プログラムや報酬制度を整備することが可能になります。

しかし、この関係性は裏を返せば、HPWSと組織パフォーマンスの間に悪循環が生じる可能性もあることを示唆しています。業績不振に陥った企業では、コスト削減の一環としてHPWSへの投資を縮小せざるを得なくなることがあります。その結果、従業員の能力開発や動機づけの機会が減少し、さらなる業績低下を招くという悪循環に陥る恐れがあります。

効果をもたらすメカニズム

HPWSはどのようなメカニズムによって組織レベルの成果に結びつくのでしょうか。複数の研究によって、そのプロセスが明らかになってきています。まずは個人レベルのミクロなメカニズムから見ていきましょう。

HPWSが導入されると、従業員は組織から適切な処遇や成長機会を提供されていると感じるようになります。厳選された採用と充実した研修によって個人の能力と業務が合致し、柔軟な勤務形態や情報共有が進んだ職場環境で満足感を得られるようになります。

この経験は従業員の心理面に好ましい変化をもたらします。「会社から投資されている」という認識は、組織への愛着や帰属意識を高めます。また、情報やフィードバックが得られることで、仕事への自主性や自己効力感も向上します。

こうした態度の変化は、組織市民行動の促進につながります。組織市民行動とは、職務記述書に明示されていない自発的な行動を指します。仕事に満足している従業員は自ら組織や同僚を支援しようとします。組織に強く関与している従業員は、組織の目標を自分の目標として捉え、周囲を助ける行動をとります。また、自分で仕事を改善できると考え、問題解決や業務改善に向けた提案を自発的に行うようになります。

部署内での助け合いや主体的な提案が増えることで、組織の効率性と柔軟性が向上し、最終的にサービス品質や生産性の向上につながります。例えば、業務が混雑している部署への自発的な応援や、サービス改善のための提案など、職務の範囲を超えた行動が組織全体のパフォーマンスを押し上げるのです。

続いて、より大きな視点からメカニズムについて見ていきましょう。HPWSの導入は、従業員のスキルや行動特性にも影響を与え、組織全体の人的資源(HR)の柔軟性を高めます[5]

HRの柔軟性は、主に三つの要素で構成されます。一つ目は機能的柔軟性で、従業員が複数の異なる業務に適応できる能力を指します。二つ目はスキルの可鍛性で、新しいスキルを素早く習得し、自ら学習し続ける姿勢です。三つ目は行動の柔軟性で、従業員が創造的に考え、新たな課題に対して自主的かつ柔軟に行動する特性を意味します。

HPWSが整備されると、従業員は様々な業務経験を積み、多様なスキルを身につける機会を得られます。変化に対応する能力や創造的な問題解決能力も培われます。その結果、従業員が多面的に活躍できる組織になり、新規案件への迅速な対応や業務改善のアイデアが生まれやすくなります。従業員の学習意欲が高まることで、組織全体にノウハウが蓄積され、顧客満足の向上やリピーター獲得にもつながるのです。

さらには、HPWSと市場との関係性に注目したメカニズムも明らかになっています。HPWSの実践によって従業員が自主的に考え、学び、協働するようになると、組織全体の適応能力が高まります[6]。適応能力とは、企業が市場の変化や顧客ニーズの変化に素早く気づき、効果的に対応する力を指します。

従業員一人ひとりが市場の動きを敏感に察知し、必要な対応を素早く取れるようになることで、組織全体の業績向上につながります。環境変化が激しい現代の事業環境においては、この適応能力がますます重要になっています。

HPWSの負の側面

HPWSは総じて組織のパフォーマンスを高める効果がありますが、あらゆる組織で等しく有益なわけではありません。特に規模による違いが存在することが研究で明らかになっています[7]

小規模企業においてもHPWSを導入すれば、労働生産性の向上や離職率の低下といった効果が確認されています。従業員の処遇が改善され、学習やキャリア成長の機会が増えることで、従業員満足や組織コミットメントが高まり、退職を抑制できるようになります。能力の高い人材を採用し、集団ベースの業績給や人事異動、研修などで能力やモチベーションをさらに引き出すことで、企業全体の生産性も向上します。

しかし、HPWSの導入・運用には相応のコストがかかります。研修の開発や運営には一定の費用が必要ですし、市場平均を上回る給与水準の維持も求められます。報酬制度の設計・運用にも専門的な知見が必要です。小規模企業は大企業と比べて人事の専門家が不足しがちであり、HPWSを効果的に運用するためのスキルやノウハウが十分に蓄積されにくいという問題もあります。そのため、場合によってはHPWSで効果が出ても費用対効果が見合わないこともあり得ます。

HPWSには「光」の側面だけでなく「影」の側面もあります。HPWSは研修制度や支援体制といった「仕事の資源」を提供する一方で、成果目標の高さや責任の増加といった「仕事の要求」も同時に高めます[8]。このバランスが崩れると、従業員はストレスを感じることになります。例えば、新しい研修が導入されても、それを受講する時間的余裕がない場合、かえって従業員の負担が増すことになります。

動機づけの面でも課題があります。HPWSは成果主義的な評価や外的報酬を重視する傾向にありますが、これが従業員の内発的な動機づけを阻害する可能性があります。本来、仕事へのやりがいや興味から生まれる内発的動機づけは重要ですが、外的な報酬が強調されすぎると、従業員の自主性や創造性が損なわれてしまいます。

加えて、HPWSを「従業員を管理するための道具」として導入していると従業員が感じると、かえって反発や不信感が生まれます。従業員が「結局は自分たちをもっと働かせたいだけ」と受け取ってしまうと、制度そのものへの抵抗感が生まれ、モチベーションの低下につながります。

「良いことのやり過ぎ効果」も見過ごせない問題です。研修や自己啓発の機会を増やすことは本来良いことですが、やりすぎると逆効果になります。業務時間外にまで「学習」を強要されるようになると、従業員は十分な休息を取れなくなり、疲弊してしまいます。この効果は、HPWSの施策が充実すればするほど顕著になる可能性があります。

別の研究では、HPWSが業務の激化を引き起こし、従業員の満足度を低下させる可能性も指摘されています[9]HPWSによって業務量や要求水準が上昇すると、それが従業員のストレスや焦りといったネガティブな感情を生み出します。このネガティブな感情は、最終的に職務満足度を低下させることにつながります。

組織の文化的特徴がHPWSの負の影響を増幅させる可能性もあります。例えば、上司と部下の間の距離が大きい組織文化では、従業員が業務上の問題を相談しにくい状況が生まれます。人間関係を重視する文化では、チーム内での対立を避けようとするあまり、必要な改善提案さえできなくなってしまうこともあります。

HPWS導入の注意点

HPWSを導入する際には、いくつかの注意点があります。具体的には、仕事の裁量の大きさがHPWSの効果に影響することを認識する必要があります。研究によれば、HPWSが従業員に与える影響は、仕事の裁量の大きさによって異なることが明らかになっています[10]

従業員が仕事の進め方を自分でコントロールできる裁量が低い場合、HPWSの導入はむしろ深刻な問題を引き起こす可能性があります。高い業績目標を求められるにもかかわらず、自分で仕事の調整ができないため、従業員は強いストレスにさらされることになります。このストレスは不安を喚起し、離職意向の増加につながっていきます。

それに対して、従業員に十分な裁量が与えられている場合は、状況が異なります。自律的に仕事を進められる余地があることで、「無理やりやらされている」「過剰に要求されている」というストレス感が軽減されます。その結果、不安も抑制され、離職意向も低く抑えられます。

したがって、HPWSを導入するなら、仕事の自律性はセットで確保することが大切でしょう。単に高い成果を求めるだけでなく、その達成方法について従業員自身が考え、工夫し、実行できる環境を整えることが、HPWSの効果を最大化するためには必要です。

もう一つの注意点は、HPWSの実践度合いにおいては役職によって認識が異なることです。管理職と従業員の間でHPWSに対する認識にギャップが生じやすいことが研究で明らかになっています[11]

管理職の多くは自分の部門でHPWSがしっかり実施されていると考えます。広範な研修、品質を重視した評価制度、チームでの意思決定や情報共有など、様々な施策が十分に行われていると評価しがちです。しかし、従業員の間ではその認識にばらつきがあることが分かっています。

この認識の違いが生まれる背景には、複数の要因があります。管理職は制度を「導入した」という事実を見て評価する傾向にありますが、従業員は実際にその制度を活用できているかどうかで判断します。例えば、研修制度が整備されていても、業務が忙しすぎて参加できない従業員もいるかもしれません。

上司との関係性によって受けられるサポートの程度も変わってきます。ある従業員は上司との関係が良好で多くの研修機会を得られる一方、別の従業員はそうした機会にあまり恵まれないこともあります。人事制度の運用には、こうした非公式な人間関係が影響します。

HPWSが従業員のパフォーマンスに効果を発揮するためには、従業員が「自分の仕事は意味があり、組織から支援されている」と実感できることが必要です。このような実感がないままでは、いくら制度を整えても形骸化してしまう恐れがあります。管理職が考える「制度の充実」と、従業員が体験する「制度の活用」には隔たりがあることを認識し、その差を埋める努力が求められます。

おわりに

本講演では、ハイパフォーマンス・ワーク・システム(HPWS)について、その基本概念から組織的効果、効果をもたらすメカニズム、そして負の側面や導入の注意点まで、多角的に解説してきました。HPWSは確かに組織のパフォーマンスを高める効果を持ちますが、それはあくまでも適切に導入・運用された場合に限ります。

HPWSの導入にあたっては、制度を整備するだけでなく、従業員の実感を伴う運用が不可欠です。また、高い要求を課す一方で、それに見合った裁量や支援も提供することが重要です。バランスを欠いたHPWSは、かえって従業員のストレスや不満を高め、組織のパフォーマンスを低下させる恐れがあります。

HPWSは「万能薬」ではなく、組織の状況や文化に合わせてカスタマイズし、継続的に改善していくべきものです。経営層と従業員の双方が納得し、共に成長できるシステムとして機能してこそ、HPWSは価値を発揮します。組織と個人の両方に価値をもたらすHPWSの構築に向けて、本講演が参考となれば幸いです。

Q&A

QHPWSを導入する際に従業員の反発を和らげるためのコミュニケーション方法やアプローチについて教えてください。

HPWSの導入は従業員にとってマイナスになることは少ないのですが、人は一般的に変化に対して反発する傾向があります。従業員の反発を最小化するためには、まず「なぜ変化が必要なのか」という理由をしっかりと説明し、共有することです。

いきなり全社的に一律で改革を進めると混乱が生じやすいため、小規模な部門やチームで施策を試験的に導入し、その成果を組織全体に見える形で示すことで納得感を高めていくアプローチが有効です。

HPWSの内容を検討する際には、従業員も変革チームに参加してもらい、現場の声をしっかりと反映させましょう。制度設計を一緒に進めることで、「上から押し付けられた」という感覚を緩和させることができます。

Q:どうしても裁量が低い職種もありますが、その場合、具体的に重視すべき良い指標があれば教えてください。

裁量には様々な軸があることを考慮すると良いでしょう。例えば、時間の使い方の裁量、目標設定の裁量、目標へのアプローチ方法の裁量、業務プロセスの改善に関する裁量、改善提案をする裁量などが考えられます。

裁量を複数の軸で定義していくことで、「この裁量を持たせることは難しいが、別の裁量なら持たせることができるのではないか」と切り分けて考えることができます。従業員がこれらの裁量をきちんと持つことができているかをウォッチしていくことも重要です。

Q:中小企業でリソースが限られている中、HPWSを導入するとしたら、どの人事施策から始めるといいでしょうか。

例えば、職務の設計やコミュニケーションの部分から始めるのが実践しやすいでしょう。職務の設計については、裁量を与えていくことは人数が少ないほど実施しやすいかもしれません。意思決定への参加機会を増やすなどの方法が考えられます。それほどコストがかからず、従業員の当事者意識を高める効果が期待できます。

コミュニケーションの面では、フィードバックを行うことも初期に取り組みやすい施策です。フィードバックは大きなコストをかけずに実施でき、従業員の成長意欲を喚起し、何を頑張れば良いかという方向性を明確にする効果があります。

このようなコストがかかりにくい内部環境の整備から始め、その後、採用の仕組みづくりなど他の施策に発展させていきましょう。

QHPWSでは好業績が求められますが、従業員のメンタルヘルス維持とのバランスをどのように取れるものでしょうか。

パフォーマンスとウェルビーイング(心身の健康)をどう両立させるかというのは、持続可能な高業績システムを考える際に重要な観点です。

短期的なパフォーマンスも重要ですが、中長期的なパフォーマンスも意識する必要があります。例えば、休息を取ることや学びのための時間確保もパフォーマンスを高めるための要素と捉え直すことができます。長期的にパフォーマンスを維持・向上させるために何が必要かという視点で、先ほど挙げた9つのカテゴリーを考えると、パフォーマンスとウェルビーイングの両立という観点から取り組むことが可能になります。

Q:当社では部門によって業務特性が異なります。HPWSを全社統一的に導入すべきか、部門特性に応じてカスタマイズすべきか悩んでいます。

一つの方向性として「骨格は共通で、肉付けは柔軟に」というアプローチが考えられます。例えば、評価の基本的な思想や報酬体系の基本構造、キャリア開発の基本的枠組みといった「骨格」となる部分については全社共通のものを持つことで、組織としての一体感や求心力を維持できます。

一方、評価項目の重み付け、報酬構成の比率、研修プログラムの具体的内容といった「肉付け」の部分は、部門や業務の特性に応じてカスタマイズしていくのが良いでしょう。

基本的な枠組みを共通にしながら詳細部分を柔軟に調整することで、一貫性を保ちつつも現場の実情に合わせた体系を構築できます。全てをバラバラに運用してしまうと一貫性を持てず、「束」としての人事施策ができなくなり、HPWSの長所が失われてしまいます。

脚注

[1] Huselid, M. A. (1995). The impact of human resource management practices on turnover, productivity, and corporate financial performance. Academy of Management Journal, 38(3), 635-672.

[2] Posthuma, R. A., Campion, M. C., Masimova, M., and Campion, M. A. (2013). A high performance work practices taxonomy: Integrating the literature and directing future research. Journal of Management, 39(5), 1184-1220.

[3] Posthuma, R. A., Campion, M. C., Masimova, M., and Campion, M. A. (2013). A high performance work practices taxonomy: Integrating the literature and directing future research. Journal of Management, 39(5), 1184-1220.

[4] Shin, D., and Konrad, A. M. (2017). Causality between high-performance work systems and organizational performance. Journal of Management, 43(4), 973-997.

[5] Beltran-Martin, I., Roca-Puig, V., Escrig-Tena, A., and Bou-Llusar, J. C. (2008). Human resource flexibility as a mediating variable between high performance work systems and performance. Journal of Management, 34(5), 1009-1044.

[6] Wei, L.-Q., and Lau, C.-M. (2010). High performance work systems and performance: The role of adaptive capability. Human Relations, 63(10), 1487-1511.

[7] Way, S. A. (2002). High performance work systems and intermediate indicators of firm performance within the US small business sector. Journal of Management, 28(6), 765-785.

[8] Han, J., Sun, J.-M., and Wang, H.-L. (2020). Do high performance work systems generate negative effects? How and when? Human Resource Management Review, 30(2), 100699.

[9] Chang, P.-C., Wu, T., and Liu, C.-L. (2018). Do high-performance work systems really satisfy employees? Evidence from China. Sustainability, 10(10), 3360.

[10] Jensen, J. M., Patel, P. C., and Messersmith, J. G. (2013). High-performance work systems and job control: Consequences for anxiety, role overload, and turnover intentions. Journal of Management, 39(6), 1699-1724.

[11] Liao, H., Toya, K., Lepak, D. P., and Hong, Y. (2009). Do they see eye to eye? Management and employee perspectives of high-performance work systems and influence processes on service quality. Journal of Applied Psychology, 94(2), 371-391.


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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