2025年5月19日
データ駆動型管理の光と影:アルゴリズムが再編する労使関係
職場におけるデジタル技術の活用が進展するにつれ、アルゴリズム管理の事例が増えてきています。人事評価からタスクの割り振り、そして生産性のモニタリングに至るまで、多様な場面でアルゴリズムが導入されるようになってきたからです。企業によっては、これらの技術を活用し、人件費の圧縮や業務の効率化を目指す動きが広がっています。
こうした動向に触れた消費者は、サービスの利便性やコストダウンを好意的に受け止めることが少なくありません。しかし、それでは働く側の人々はどうなのでしょうか。アルゴリズム管理が導入されると、モニタリングの強化や評価の自動化が進む一方で、労働者は雇用の不安や詳細な行動制御を感じるようになる場合があります。
アルゴリズム管理の特質としては、例えば、従来のように人間の管理職が直接監督するのではなく、プログラムによる継続的なデータ分析によって、誰がどのタイミングでどの仕事をするべきかが決定される点が挙げられます。
プラットフォーム労働やテレワークの普及により、場所を問わずに稼働状況を測定する仕組みが構築され、管理者を介さずにアプリやソフトウェアが指示を出すケースも見受けられます。そのため、実際に労働の現場がどのように変化しているのかは、労使双方にとって見過ごせない問題として浮上しています。
本コラムでは、アルゴリズム管理と労働関係の変容に着目し、先行知見を紹介しながら考察していきます。企業や消費者に利益が集まりやすいと言われる事例が報告されている一方、アルゴリズム管理そのものが労使対立を生むと論じる研究もあります。さらに、団体交渉の枠組みの中でアルゴリズムの透明性を確保しようとする取り組みや、製造業における導入事例を従来の労働組合との交渉力の観点から検討した研究など、多岐にわたる議論が積み重ねられています。
労働者保護の視点からは懸念が語られることが多い一方で、効率を求める立場からは必要性が唱えられ、消費者からは利便性の高さが歓迎されるなど、アルゴリズム管理は複雑な立場を映し出す現象でもあります。今後ますます拡大することが予想されるこの仕組みを理解するうえで、先行研究を思考の頼りにすることは一定の意義があるでしょう。
アルゴリズム管理の利益は企業と消費者に偏る
アルゴリズム管理は、プラットフォーム労働を中心に広く取り入れられてきました。ある研究では、UberやAmazonなどの事例を整理し、アルゴリズムを用いた労働管理が企業と消費者にはコスト削減や利便性という形で恩恵をもたらしていると説明しています[1]。
タスクの割り振りから顧客評価、報酬計算までを自動化すれば、人間の管理者が直接介入する必要が薄れるため、企業側には人的コストが軽減されます。しかも、消費者の立場から見ると、サービスの提供速度や料金表示の明瞭さ、予約の容易さなどにメリットが生じます。デジタルプラットフォームの利用者は、短時間で注文ができて、到着時刻がわかりやすく表示される仕組みを好む傾向があるでしょう。
一方、労働者にとっては自由に働く時間や場所を選べるように見えながら、実際には注文を受け続けないと収入が得られにくいという構造があると報告されています。柔軟性があると謳われていても、「常時接続」状態を維持しなければ安定的な収入につながらないのです。アルゴリズムによる評価システムが厳格に運用されると、労働者が高評価を得るために長時間ログインを迫られます。
アルゴリズム管理によって得られる利益は誰が享受しているのでしょうか。企業側には効率化とコスト削減、消費者にはサービスの快適化が行き渡る一方で、労働者は雇用の不安定化や健康リスクなどを抱えるリスクがある、という議論があります。労働者が手にするはずの柔軟な働き方は一面にすぎず、その内実を調べてみると、評価システムやアルゴリズムによるモニタリングによって逆に時間的拘束が増大している点が強調されています。
ただし、もちろん、こうした結果をすべての企業やプラットフォームに当てはめられるわけではありません。あくまで文献レビューに基づいた議論として報告されているものであり、比較的規模が大きいプラットフォームで顕著かもしれません。いずれにせよ、企業と消費者に利点が偏りやすい状況をどう考えるかは、今後の検討課題として残されています。
アルゴリズム管理が労使の対立を強調する
アルゴリズム管理が労使間の緊張をどのように形作るかを扱う研究があります。そこでは主に、HRテクノロジーを提供する企業がウェブサイトなどでアルゴリズム管理を宣伝するときの表現に焦点を当てた研究です[2]。特定のケースにおいては、労働者を「怠惰になりがち」あるいは「時間を浪費してしまう人々」として描き、アルゴリズムによって監視・統制する必要性をアピールしていることが読み取れるようです。
こうしたマーケティング表現は、経営者に向けて「在宅勤務や分散労働を管理する上で有用」と訴求するために、従業員の生産性を問題化し、管理ツールが管理者の手足となって従業員をしっかり監督するという構図を前面に出します。これによって、仕事をサボる従業員とそれを取り締まる管理者という対立的な図式が作り出されます。
この分析に基づけば、アルゴリズム管理が単に「便利だから導入される」ものではなく、ビジネス上の宣伝を通して労使の溝を深める要因となり得ます。労働者に対する信頼が損なわれる一方、管理の手法がテクノロジーに委ねられることで、現場の管理職の立場すらも曖昧になる側面があります。すなわち、管理者は高度な判断力ではなく、アルゴリズムを導入する際の費用対効果を評価する存在へと位置づけられ、現場のリーダーシップが希薄化する懸念もあります。
こうした状況下で、労使双方が直接的に話し合うより前に、「従業員は監視されるべき存在」という見方が広まっていくと、労使間のコミュニケーションがぎくしゃくする恐れがあります。アルゴリズム管理には、労使間の相互理解を育む可能性もあれば、あらかじめ対立を先鋭化させる要素が組み込まれる可能性もあると言えます。
アルゴリズム管理の透明性を団体交渉で確保
ヨーロッパを中心に、アルゴリズム管理を扱う際に団体交渉を通じて透明性を求める動きが見られた例が紹介されています。ある研究によれば、アルゴリズムによる差別リスクやプライバシー侵害、勤務スケジュールの自動決定にともなう健康被害などを問題視し、労働組合が交渉に乗り出す事例が出てきています[3]。スペインやイタリアなどでは、配車サービスやフードデリバリーの企業と労働組合が協定を結び、アルゴリズムの判断基準を可能な範囲で公開したり、評価手法の公正さをチェックしたりする場が設けられています。
こうした団体交渉は、データがどのように集められて、どのように分析され、どのように意思決定に使われているのかを確認するための場として機能します。労働組合がアルゴリズムの設計や改変手続きについて事前に説明を受ける権利を主張し、それを企業側が受け入れたというケースが報告されてもいます。AIのデータセットに潜在的なバイアスが含まれていないかを確認する試みも行われています。
団体交渉を通してアルゴリズム管理の透明性を確保するアプローチには、法的な背景も関わってきます。EUではAIやプラットフォームに関する法令などが提出され、職場におけるAI導入を「高リスク」領域として扱うべきだという議論が盛り上がっています。とはいえ、実際には企業側の自主的な取り組みに委ねられる部分が多く、現行の法制度だけでは不十分だと指摘する声もあります。団体交渉で一歩進んだ保護を得られるケースもあれば、法的枠組みが弱い国や企業では不透明なままの運用が継続される懸念もあるようです。
ここで注目されるのは、「AIやアルゴリズム管理という新たな領域に労働組合がどう向き合うか」という点です。契約形態が多様化し、従来の正社員とは異なる働き方が拡大する中、労働者自身の立場が不安定になりやすいとも言われています。そうした環境で、団体交渉による保護をどこまで広げられるのかが争点になっているわけです。
アルゴリズム管理が労使関係を再編する
プラットフォーム中心の話題が多いアルゴリズム管理ですが、製造業のような伝統的分野でも注目されるようになってきました。ある研究では、カナダのアルミニウム工場に導入された予測アルゴリズムを分析対象として、現場の管理手法の変化や労働組合の対応を調べています[4]。
従来の製造業では、熟練工や作業リーダーが生産ラインを動かしていましたが、センサーやスマート端末を活用してリアルタイムで作業工程を監視できるシステムが導入されると、工場内の各部署における仕事の進め方が書き換えられました。
遠隔のコントロールセンターがデータを吸い上げ、トラブルが起きそうな箇所を早期に把握して現場へ指示を送る仕組みです。この場合、作業員が経験的に判断していた内容がアルゴリズムの提案に置き換わることになり、職場における意思決定の流れが変わります。労働者からは「自分たちの仕事を奪われる」という抵抗が起こり、現場管理者からも「判断の主体が自分たちではなくなる」という懸念が表明されたとのことです。
一方で、これに対する労働組合の動きも活発でした。長年培ってきた組合の団結力や法律上の権限を駆使し、デジタル機器の導入条件や作業範囲の変更について企業側と粘り強く交渉を重ねました。こうした過程を踏むことで、企業側の望んだ全面的な置き換えは進まず、結局はアルゴリズムの出す提案を作業員が判断する形に落ち着いた例が紹介されています。この事例は、アルゴリズム管理が一方的に現場を支配するのではなく、労使の力関係によって運用のあり方が調整されていく様子を示しています。
伝統的な製造業という現場であっても、データによる監視と統制が入り込めば、従来の権力バランスが動かされる可能性があります。ただし、労働組合が強力な場合には、企業が進めたい施策が思うように進められない面もあります。「アルゴリズム管理=効率化が常に実現する」わけではなく、そこには複雑な駆け引きがあるとされています。
労働者の抵抗により限界を露呈する
最後に、プラットフォーム労働を中心に、アルゴリズム管理の「限界」が可視化される現象を扱う研究を取り上げましょう[5]。配車サービスや宅配サービスの分野では、労働者がストライキやSNSを活用した情報共有を行い、管理システムに混乱をもたらす場合がありました。
アルゴリズムは膨大なデータを処理して最適化を図りますが、労働者が一斉に稼働を止めたり、予想外の場所で待機したりすると、計算モデルが前提としている通常稼働のパターンが崩れるため、プラットフォームのサービスが滞る状況が生じます。
アルゴリズムが収集するデータの性質にも疑問が投げかけられています。サービス提供のために得られる情報は細分化されすぎていて、結局それを一元的に見ると企業の管理者層にとって扱いづらいものになっている可能性があるのです。個々の働き手の位置情報や注文の受諾状況は管理上の判断材料にはなるものの、新製品開発や革新的なビジネスアイデアを生むには不十分だという議論もあります。企業側が「データは新たな鉱脈」と宣伝していても、それが真に新価値の創出へ直結するかは別問題です。
その一方で、アルゴリズム管理にとって壁となるのは、労働者たちの連帯行動だとする論調が目立ちます。デジタル技術に基づく管理は、従業員一人ひとりを個別に評価・報酬づけすることへ向かいがちですが、労働者が集団として抵抗すればアルゴリズムは想定外の事態に直面するからです。どれだけ正確にデータを集めても、現場で労働者が共同して意図的に行動を変えた場合、計算モデルが破綻する可能性があります。
こうした論調は、管理者がアルゴリズム管理の導入を進めたとしても、現場には予測を上回る事態が起こりうることを強調しています。これが労働者にとって「面白い逆転劇」と映るかどうかは立場次第ですが、少なくともアルゴリズム管理が職場で絶対的な威力を発揮し続けるわけではないという見方が浮かび上がります。
脚注
[1] Azevedo, E. S. F., de Souza, D. F., and de Mendonca, J. R. C. (2023). Benefits for whom? A systematic literature review of algorithmic management in digital work platforms. IOSR Journal of Business and Management (IOSR-JBM), 25(8), 17-29.
[2] Williams, P., and Khan, M. H. (2025). Framing algorithmic management: Constructed antagonism on HR technology websites. New Technology, Work and Employment, 40(1), 102-123.
[3] De Stefano, V., and Taes, S. (2023). Algorithmic management and collective bargaining. Transfer: European Review of Labour and Research, 29(1), 21-36.
[4] Dupuis, M. (2025). Algorithmic management and control at work in a manufacturing sector: Workplace regime, union power and shopfloor conflict over digitalisation. New Technology, Work and Employment, 40(1), 81-101.
[5] Woodcock, J. (2021). The limits of algorithmic management: On platforms, data, and workers’ struggle. South Atlantic Quarterly, 120(4), 703-713.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。