2025年5月14日
評価される側からの視点:アルゴリズムに管理される労働
アルゴリズムを活用した管理手法が拡大する中で、働き方に関わる環境は変化しつつあります。従来は上司や同僚との対話によって与えられていた業務指示や評価が、スマートフォンのアプリケーションや倉庫の作業端末などを介しておこなわれる事例が増えてきました。
ここには、膨大なデータを用いて効率性を追求するという背景がある一方で、人間側の意思がどの程度反映されるかについては議論の余地があり、指令が一方的に届く場合も想定されます。その結果、働き手が従来持っていた自律性などに影響が及ぶ可能性が指摘されているのです。
アルゴリズム管理は、公平な基準で仕事を振り分けたり、個々の作業量を適正に調整したりする機能を期待できる一方で、人間の判断が入りにくい仕組みの中でデータが記録・分析され、それに基づいて評価が進むことで、管理される側の裁量がどのように変化するかについて注目が集まっています。
本コラムでは、アルゴリズム管理によって働く現場に起こりうる変化を、いくつかの研究知見にもとづいて考察します。労働者の自律性と柔軟性が高まるとの見方がある一方で、自由の制約や格差の拡大、競争と監視の激化といった課題も報告されており、アルゴリズムと働き手の関係にどのような問題や可能性が含まれているのかを多角的に探ってみましょう。
労働者の自由が制約される可能性
まず焦点を当てたいのは、アルゴリズム管理が労働者の行動や時間の選択肢にどのような影響を与えるかという論点です。ある研究では、食品配達に携わる労働者を対象にオンラインアンケートとインタビューを行い、複数の配送プラットフォームで働く900人超のデータを収集しました[1]。その結果、シフトや稼働時間を自由に決められると宣伝されているにもかかわらず、実際にはアプリが示すスケジュールや案件に従わざるを得ない状況があると報告されています。
例えば、ある期間に一定量以上の仕事を受けないと翌週の優先的な受付枠が与えられない仕組みや、特定の注文を拒否すると次回以降の配達依頼を取りにくくなる仕組みがあるため、実質的にはアプリの指示に合わせざるを得なくなるケースも指摘されました。表向きは「自由度の高さ」を強調していても、結果的にはいつ・どれだけ働くかについて選択の余地が狭まるという指摘です。
さらに、シフト時間の確保には厳しい条件が求められる、ログアウト時間が長いとペナルティを受けるなど、アルゴリズムによる制御が働いているとされます。顧客の評価システムも連動している場合、低い星評価や否定的なコメントが報酬や仕事量に影響を及ぼすことが報告されています。
ただし、これらの仕組みは効率性やサービス品質の向上を狙った設計でもあります。その一方で、労働者が実際にどのような不利益や制限を感じるかは十分に検証が必要であり、自由に働くつもりであってもシステム上のルールによって選択肢が狭まる可能性があることが論点として浮上しています。
ギグワーカーの格差を拡大する
次に注目したいのは、ギグワーカーと呼ばれる単発契約で働く人々の間で、経済的な格差や待遇面の不均衡がどのように発生しうるかという点です。ある論考では、多数の学術・実務資料を整理し、ギグエコノミーにおけるアルゴリズム管理の特徴を抽出しています[2]。
そこでは、需要と供給のバランスを調整する目的でタスク割当や報酬設定を自動化し、ピーク時に報酬を上げるなど、一見公平な仕組みがとられていることがわかります。しかし、情報の非対称性が大きい場合、労働側が報酬や割当条件の変動理由を十分に把握できず、戸惑うケースも少なくないと報告されています。
また、評価スコアが高いワーカーほど魅力的な案件を得やすい一方、低評価の場合は収入が伸びにくいという循環が起こりやすい構造も指摘されました。これはデジタルプラットフォームの特性として、短期間で評価の上下が可視化されることが影響していると考えられています。
さらに興味深い点として、アルゴリズムによる価格設定を人為的に操作しようとする労働者の行動も観察されています。例えば、あえて注文をスキップして料金が上がるタイミングを待つなどの方法です。しかし、プラットフォーム側が監視を強化することで、収入獲得の差がいっそう拡大する懸念も示されています。こうした一連の動きは、ギグワーカー間での競争や待遇の格差を生むリスクがある点で多くの議論を呼ぶでしょう。
競争や相互監視を促す仕組み
アルゴリズムによる評価やランキングシステムが、労働者間の競争を激化させる可能性にも注意が向けられています[3]。配車サービスや宿泊仲介サービスといったプラットフォーム型ビジネスでは、利用者からの星評価やコメントがランキングとして可視化され、これが顧客の選択基準になるため、働く人はより高い評価を得るために行動を変えざるを得なくなることがあるのです。
さらに、アルゴリズムは大量のデータを集めて労働者の成績を数値化しますが、その内訳やバグ、偏りが十分に公開されない場合、労働者側が評価結果の理由を把握しにくいという課題も指摘されています。
伝統的な管理体制では、上司や管理者と直接話し合うことでトラブルを修正できる余地がありましたが(それはそれで実際には簡単ではありませんが)、アルゴリズムが判断する環境では問い合わせ先が明確でないケースもあります。利用者と労働者がお互いを評価し合う構造が、サービス品質を高める一方で、労働者同士の連帯が生まれにくいという見方もあるのです。
競争圧力が高まるほどストレスや疲労を感じる労働者がいる可能性も指摘されています。企業側にとっては顧客満足度やサービス向上につながる利点がありますが、労働者の自律性とのバランスをどう取るかは引き続き検討が必要でしょう。
労働強度と監視の強化が懸念される
また、リアルタイムの作業ペース測定やノルマ管理によって、労働強度が高まる恐れも指摘されています[4]。物流や小売の現場では、ハンディスキャナーや作業端末を使い、どの程度の速度で作業をこなしているかを即座に記録する仕組みが導入されているケースがあります。
設定されたペースを下回ると自動で警告が出るため、労働者は常に一定のスピードを維持しなければなりません。人間の疲労や体調など、数値に表れない要素をアルゴリズムが考慮してくれるとは限らず、「遅れ」や「エラー」とみなされた結果が評価や報酬に直結する可能性もあるでしょう。
一方で、こうした監視体制に対して労働者が独自の回避行動をとることもあると言われています。しかし、プラットフォーム側がさらに監視アルゴリズムを強化する事例も報告されています。作業効率を高めたい企業側の意図と、自律性を保ちたい労働者側の思惑が衝突する構図が垣間見えます。
労働者の役割を曖昧にする
最後に、アルゴリズムと人間の境界が曖昧になることで生じる混乱について考えます。ある質的研究では、配車アプリを利用するドライバーに対するインタビューから、ドライバーがアルゴリズムを「上司」と感じる瞬間と「同僚」と感じる瞬間の両方があることがわかりました[5]。
「上司」のように感じる場面では、指示が強制力を伴うように見え、拒否するとペナルティが科されるのではないかという不安が生じます。一方で、アルゴリズムによる案内が誤っている場合などには、自分の判断で迂回ルートを選ぶなど、アルゴリズムを補う“仲間”のような関係性が生まれることもあるというのです。
これらの状況は、アルゴリズムが感情的なストレスや人間関係の微妙な部分を補完しないことから来る混乱とも指摘されています。アルゴリズムが同じ指示を繰り返すうちに誤りに気づかない場合、ドライバーは改善を求めたくても具体的な相談先を見つけにくいという声もあります。
こうした状態で評価システムがどのように機能しているのかが不透明だと、ドライバーは自分の働きぶりがどのように算定されているかを把握しにくく、役割分担が不鮮明なまま業務を進めざるを得ない状況が生じるという点が示唆されています。
デジタル時代の労働環境を考える
アルゴリズム管理をはじめとするデジタル技術の普及により、企業の業務プロセスや労働者の働き方は変化しています。これまで人間の上司や同僚が担ってきた指示や評価の一部を、アプリケーションやプラットフォームが代替する動きが広がりつつあるからです。例えば、配車サービスや食品配達、倉庫での在庫管理など、多様な現場でデジタル管理ツールが活用され、リアルタイムのデータ取得と自動化された評価を行う事例が増えています。
一方で、こうした新しい管理手法によって、働く側が得られるメリットも存在します。例えば柔軟な働き方が可能になり、従来のフルタイム雇用に縛られない形で仕事を選択できるケースもあるでしょう。また、アルゴリズムが過去の実績やユーザーの評価を細かく分析してくれることで、自分に合った仕事を獲得しやすくなる可能性が指摘されています。企業側としても、効率性を高めてコストを削減し、サービスの品質やスピードを改善できる点が魅力です。
ただし、効率化を追求する仕組みが広がるほど、労働者にとっては評価基準や作業ペースが管理されるリスクも高まります。アルゴリズムが示すスケジュールやタスクの割当は、事前に設定されたルールや需要予測に基づいており、必ずしも個人の事情や健康状態を考慮するわけではありません。結果的に、長時間労働や休憩時間の確保が難しくなる事例も報告されており、精神的・身体的な負荷の増大が懸念されます。
また、デジタル技術による「見える化」は効率を高める一方で、常時監視されているというプレッシャーを生む場合があります。作業ログや位置情報、顧客とのやりとりなどが記録され、アルゴリズムが自動的に分析・評価するため、労働者の裁量やプライバシーとのバランスが問われるのです。職場によっては、評価結果やランク付けが顧客や同僚にも可視化されることで、社内外の競争が激化するとの指摘もあります。
こうした競争環境が促進されることで、質の高いサービスが提供されるとの期待がある反面、労働者の連帯感が損なわれ、相互に評価スコアを争う構図になるという側面も指摘されています。協力よりも個人の評価を優先して行動することが増えれば、職場全体のモラルやチームワークに影響が及ぶ恐れもあるでしょう。さらに、評価スコアの高低が報酬や仕事量、顧客からの指名に直接関わる場合、機材や移動手段に投資できる人がより有利になり、ワーカー間の格差が広がるリスクも否定できません。
もちろん、デジタル管理技術の発展は必ずしも一方的な弊害だけをもたらすわけではありません。例えば、作業端末を用いたリアルタイムの進捗管理によって、早めに問題を発見し、上司や同僚に相談できるような仕組みを取り入れる企業も存在します。あるいは、アルゴリズムによる偏った評価を緩和するため、最終的な判断には人間の責任者が必ず関わる「ハイブリッド管理」を実践する例も増えつつあります。こうした工夫を通じて、デジタルと人間の強みを両立させようとする取り組みが進んでいるのです。
さらに、デジタル技術そのものが進化し、労働者の健康や安全に配慮したシステム開発が進む可能性もあるでしょう。ウェアラブルデバイスを使って疲労度や脈拍を測定し、それをシステムが検知して休憩を促すといったアイデアも、研究段階では具体化が進んでいます。こうした技術が実用化されれば、人間の限界を超えた働き方を防ぎやすくなるかもしれませんが、その導入コストやプライバシーの扱いなど、新たな課題も生まれるでしょう。
このように、デジタル技術と労働環境が交錯するなかで生じる課題は、単なる「メリットかデメリットか」という二項対立には収まりません。一部の人には柔軟性や収入向上のチャンスをもたらす一方、別の人には過度の負荷や不安定性、評価システムへの不信感をもたらす場合もあるでしょう。今後はアルゴリズムがどのように設計され、労働者との相互作用がどう管理されるのかという点が、労働の質に影響してくると考えられます。
総じて、デジタル時代の労働環境は効率化と柔軟性をもたらす可能性を秘めつつ、評価制度や監視体制の不透明さ、労働者間の格差拡大など、多面的な課題を含んでいると言えます。こうしたメリットとデメリットを踏まえたうえで、最適なバランスを模索するためには、企業だけでなく労働者、政策立案者、技術開発者など多方面の協議が欠かせません。
脚注
[1] Griesbach, K., Reich, A., Elliott-Negri, L., and Milkman, R. (2019). Algorithmic control in platform food delivery work. Socius: Sociological Research for a Dynamic World, 5, 1-15.
[2] Kadolkar, I., Kepes, S., and Subramony, M. (2024). Algorithmic management in the gig economy: A systematic review and research integration. Journal of Organizational Behavior. Advance online publication.
[3] Stark, D., and Pais, I. (2020). Algorithmic management in the platform economy. Sociologica, 14(3), 47-72.
[4] Wood, A. J. (2021). Algorithmic management: Consequences for work organisation and working conditions (JRC Working Papers Series on Labour, Education and Technology, No. 2021/07). European Commission, Joint Research Centre (JRC), Seville.
[5] Tarafdar, M., Page, X., and Marabelli, M. (2023). Algorithms as co-workers: Human algorithm role interactions in algorithmic work. Information Systems Journal, 33(2), 232-267.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。