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コラム

詰めすぎず、放置しすぎず:全員が少しずつ越境学習の伴走者になるために

コラム

近年、企業において多様な価値観や知識を取り込み、新たな事業や働き方を模索する動きが出てきています。その手段の一つとして注目を集めているのが「越境学習」です。越境学習は自組織の枠を越え、スタートアップや異業種・地域コミュニティなど、日頃の業務環境とは異なる場所へ一時的に飛び込み、そこでの実務や共同作業を通じて新たな視点やスキルに出会うことを含みます。

越境学習の特徴は、異動や転職と異なり、越境学習者が所属組織と越境先を行き来する「往還」のプロセスにあります。自分の常識が通じない異なる文化に身を置き、「なぜそうなるのか」「どうすればうまくいくのか」を自ら体験しながら学ぶことで、組織の内側だけでは出会えない視点や知見を得られます。そして、改めて所属組織へ戻ると、その文化や慣習が逆に新鮮に映り、これまで気づかなかった問題や変革の余地が見えてきます。

こうした「二重のギャップ」を経験することで、個人の成長はもちろん、所属組織にもイノベーションをもたらす可能性が高まります。しかし、越境学習を成功させ、組織や社会へと良い影響を広げるためには、越境学習者の意欲や能力だけでは乗り越えにくい課題が存在します。そこで重要なのが、越境学習者を継続的にサポートし、組織や越境先との橋渡しを担う「伴走者」の存在です。

このたび、経済産業省から公開された「越境学習の伴走者ガイドライン」は、この伴走者の役割や求められるスキル、育成方法などを体系的にまとめたものです[1]。本コラムでは、ガイドラインの作成に携わったビジネスリサーチラボの立場から、ガイドラインの概要と特徴を紹介します。

越境学習とは何か

越境学習とは、所属組織を一時的に離れ、別の組織(越境先)で実践的な業務やプロジェクトを経験することによって、新たな知識や視点と出会う学びのプロセスです。従来の研修やOJTとの大きな違いは、「異なる組織文化の中で試行錯誤する」こと、そして「所属組織に戻って得た知見を還元する」往還の構造にあります。

例えば、大企業の社員がスタートアップに一定期間派遣されて働く、業界の異なる企業間で人材交流をする、地域コミュニティのプロジェクトに参画するなど、形態は様々です。期間も数ヶ月から1年程度までと幅がありますが、重要なのは「行って、経験して、帰ってくる」サイクルです。

越境学習の特筆すべき点は、個人の能力開発にとどまらず、所属組織へのイノベーションをもたらす可能性が高いことです。越境先で新しい視点や手法を身につけた越境学習者が、それらの経験を自組織に持ち帰ることで、事業や組織のイノベーションが生まれやすくなります。

事業のイノベーションとしては、越境先で学んだ開発手法を自社の新サービス開発に取り入れる、異業種の顧客アプローチを自社の営業戦略に活かすなどが考えられます。また、組織のイノベーションとしては、水平的な組織構造や柔軟な人材活用の経験を踏まえて、自社の会議方法や意思決定プロセスの改革を提案するといった形が挙げられます。

ただし、こうしたイノベーションは自然に生まれるものではなく、越境学習の「越境前」「越境中」「越境後」の各段階で適切な支援があってこそ実現します。その支援を担うのが「伴走者」です。

伴走者の役割と種類

伴走者とは、越境学習者が越境前から越境後まで継続的に支援し、必要に応じて越境先や所属組織との調整を行う存在です。ガイドラインの中では伴走者を大きく3種類に分類しています。

1つ目は「所属組織の伴走者」です。これは越境学習者の上司や人事担当者など、所属組織側で越境学習者を送り出し、そして帰任後に迎え入れる立場の人を指します。越境前には目標設定や不安の軽減、帰任後の配属先検討などを担い、越境学習者が安心して越境に臨めるよう支援します。越境後には学びを組織に還元する環境づくりを行います。

2つ目は「越境先の伴走者」です。越境学習者を受け入れる側として、実務の指導や業務の割り当て、チーム内での関係構築などを支援します。越境先の文化や業務進行に越境学習者が早く適応できるよう橋渡しします。

3つ目は「第三者的な伴走者」です。所属組織にも越境先にも直接属さない立場から、中立的な視点で越境学習者や両組織を支援します。例えば人材交流プログラムの運営者や外部コンサルタントなどが該当し、客観的な視点から助言や調整を行います。

これら3種類の伴走者がそれぞれの立場から越境学習者をサポートすることで、越境学習の効果を最大化することができます。重要なのは、越境学習者が単独で越境学習に取り組むのではなく、複数の視点からの支援を受けられるようにすることです。

しかし注意したいのは、伴走者が必ずしも「専任」である必要はないという点です。ガイドラインにおいては、むしろ関係者が全員少しずつ伴走者としての役割を担うことを推奨しています。様々な角度から越境学習者を支えることで、特定の担当者に負担が集中することも防げますし、多様な支援も期待できます。

越境学習の全体プロセスと課題

越境学習は「越境前」「越境中」「越境後」の3段階に分けられますが、各段階で特有の課題が存在します。ガイドラインではこれらの課題を整理し、それぞれに対する伴走者の役割を提示しています。

「越境前」の段階では、目的や期待が曖昧なまま選抜・マッチングが進んでしまうこと、帰任後の扱いが不明確なため越境学習者が不安を抱えること、業務内容や求められる能力のすり合わせが不十分なためミスマッチが生じることなどが主な課題です。これに対して伴走者は、越境学習者の目的や期待を明確化し、所属組織と越境先との間で合意形成を図る役割が求められます。

「越境中」の段階では、異なる組織文化への適応ストレス、期待された能力と実際の能力の乖離、関係構築の難しさなどの課題が挙げられます。伴走者はこれらに対して、業務の進捗確認と調整、精神的なケアや意欲の維持、越境先のメンバーとの関係構築支援などを行います。

「越境後」の段階では、越境先の文化に慣れた後に所属組織の文化との乖離を感じたり、学んだことを活かせる場がなかったり、周囲が関心を示さないなどの課題があります。伴走者は帰任後の振り返りを促進し、新たな役割や業務の設計を支援し、越境学習者の経験を組織内に広めるPR活動なども担います。

このように、越境学習は「外に出て学ぶ」だけではなく、それを組織に還元する一連のプロセスとして捉える必要があります。そのため、越境学習者を一人で完結させるのではなく、組織全体で支える体制が重要です。伴走者はそのためのハブとなる存在であり、越境学習の効果を最大化するための要となります。

伴走過剰の問題とバランスの取り方

越境学習において伴走者の存在は重要ですが、過度に伴走しすぎることで逆効果になる「伴走過剰」という問題があります。これはガイドラインでも注意を促している点です。

伴走過剰とは、伴走者が越境学習者に対して細かく指示を出したり、問題が生じる前にすべての障壁を取り除いたり、常に干渉したりすることで、越境学習者の自律性や主体性を奪ってしまう状態を指します。越境学習の本質は、越境学習者が未知の環境に身を置き、そこでの葛藤や試行錯誤を通じて成長することにあります。伴走者が先回りして障壁をすべて取り除いてしまうと、越境学習者が自ら考え、行動する機会が失われてしまいます。

伴走過剰は大きく3つのパターンがあります。1つ目は「先回り型」で、越境学習者が困難に直面する前に伴走者がすべて解決してしまうパターンです。2つ目は「マイクロマネジメント型」で、越境学習者の行動を細かく管理し過ぎるパターンです。3つ目は「形式主義型」で、ガイドラインに書かれた項目を機械的にチェックするだけで、越境学習者の状況に合わせた柔軟な支援ができないパターンです。

なぜ伴走過剰が起こりやすいのでしょうか。その背景には「失敗させたくない」という伴走者の善意や責任感があります。また、組織文化として失敗に厳しい環境や、マイクロマネジメントが多い企業風土も伴走過剰を促します。さらに、チェックリストやフレームワークを機械的に運用する傾向も一因です。

適切なバランスを取るためには、例えば、「自律性と支援のバランス」を越境学習者と伴走者の間であらかじめ共有しておくことです。どこまでは越境学習者自身が考える範囲で、どこからは伴走者が支援するのかを明確にしておきます。

時期によって支援の度合いを変えることも有効です。初期段階では比較的手厚くサポートし、慣れてきたらフェードアウトしていくアプローチです。越境学習者が葛藤を経験する余白を意図的に残すことも大切です。全ての障壁を取り除くのではなく、越境学習者が自ら工夫して乗り越える機会を提供します。

伴走者同士の連携で「多重過干渉」を防ぐことも求められます。所属組織の伴走者、越境先の伴走者、第三者的な伴走者がそれぞれの担当領域を明確にし、重複や二重連絡を避けるようにします。

伴走過剰を避け、適切なバランスを取ることで、越境学習者は主体的に学び、成長することができます。伴走者は「支援する」だけでなく、「見守る」「待つ」というスタンスも必要なのです。

伴走者に求められるスキル

越境学習者を効果的に支援するには、伴走者にもさまざまなスキルが求められます。ガイドラインにおいては、越境の各段階(越境前・越境中・越境後)と、プロセス全体を通じて必要なスキルを体系的に整理しています。

「越境前」に求められるスキルとしては、「目的抽出」「期待調整」「合意形成」「協働調整」「不安可視化」などが挙げられます。例えば目的抽出とは、越境学習者が「何をしたいのか」「なぜ越境するのか」といった内面を、質問や対話を通じて引き出し、明確にする力です。期待調整は、所属組織と越境先、越境学習者のそれぞれの期待や要望を整理し、「越境学習で得たいもの」をすり合わせる力です。

「越境中」のスキルには、「進捗確認」「人脈支援」「文化支援」「創発促進」「連絡役」などがあります。例えば進捗確認は、越境先における業務や学習の進み具合を細かく追い、フィードバックを行うスキルです。文化支援は越境先の文化や慣習、仕事の進め方を越境学習者が早くつかめるよう導くスキルを指します。

「越境後」のスキルとしては、「振り返り促進」「役割設計」「実験推進」「社内PR」「つながり支援」などが重要です。振り返り促進は越境期間で得た学び・能力・人脈などを言語化し、学習者自身が納得する形で整理するための支援スキルです。役割設計は帰任後にどのような役割で所属組織に貢献するかを再設定するスキルです。

さらに、越境プロセス全体を通じて求められるスキルとして、「観察傾聴」「取り次ぎ」「代案提示」「成果翻訳」「相互学習」が挙げられます。観察傾聴は越境学習者や関係者の表情・言動・態度・行動を丁寧に観察し、傾聴を通じて本音を汲み取るスキルです。成果翻訳は越境先での活動成果を所属組織で理解しやすい形にまとめ、越境学習者の成長や実績を正しく評価されるよう橋渡しするスキルを指します。

これらのスキルは一朝一夕に身につくものではなく、経験を積みながら徐々に向上させていくものです。ガイドラインでは、それぞれのスキルについて「高い人/低い人の特徴」や「行動イメージ」を示しており、自己診断や育成計画を立てる際の参考になるでしょう。

伴走者の育成方法

伴走者としてのスキルや役割を理解したうえで、次に重要になるのは「伴走者をどう育成するか」という点です。ガイドラインでは伴走者の育成についても触れています。

前提として、「選抜志向から当事者意識の醸成へ」という考え方が求められます。伴走者を「選ばれた一部の人」に限定するのではなく、越境学習者に関わる様々な人がそれぞれ少しずつ伴走スキルを身につけるという発想が重要です。特定の伴走者だけに依存すると、その人が不在の際に越境学習者が孤立するリスクがありますし、伴走者自身も資源枯渇に陥る可能性があります。

関係者全員が「少しずつ伴走スキル」を持つことで、多様な視点から越境学習者を支援でき、相互育成も促進されます。例えば、越境先では越境学習者と自分だけでなく、社内の他のメンバーとも話す機会を意識的に作りましょう。帰任後は同僚も含めたチームで越境学習者の経験を聞く場を設けるのも効果的です。

次に重要なのは「伴走者を育てる経験」です。どのような経験を積むと良い伴走者になれるでしょうか。所属組織の伴走者の場合、組織内の人材育成や新規プロジェクト立ち上げの経験、幅広い部門との連携経験などが役立ちます。越境先の伴走者ではベンチャーや別業界での多層的な役割経験、短期間でチームを立ち上げた経験などが活きてきます。第三者的な伴走者は他企業・他業界の事業を俯瞰する経験、コーチングやメンタリングの経験が重要です。

伴走者自身の「越境経験」も大きな意味を持ちます。伴走者自身が様々な組織・業務・人間関係の境界を越えた経験を積んでいると、越境学習者に対して多面的かつ柔軟な支援を提供できます。例えば、異なる組織文化の違いを自分も体感していれば、越境学習者が抱える違和感や葛藤を「自分ごと」として理解でき、具体的な助言ができます。

伴走者へのフィードバックも欠かせません。越境学習者に比べて「伴走者へのフィードバック設計」は意識されにくい傾向がありますが、伴走者も成長するためにはフィードバックが必要です。越境学習者から伴走者への直接フィードバック、上司や周囲の関係者からのフィードバック、そして伴走者自身による振り返りなど、多様な方法が考えられます。

伴走者のスキル開発は、実践しながら学ぶのが効果的でしょう。例えば週報の記録を自分で再整理する、聞き取りの質問一覧を作って同僚と共有する、小さな企画を試しに実施して経験を積むなど、日々の取り組みの中に学びの機会を作りましょう。

さまざまな組織への応用可能性

ガイドラインが想定している越境学習は、主に「所属組織を一定期間離れ、越境先としての組織やプロジェクトに深く関与する」形式に焦点を当てていますが、その知見は他の形態にも応用可能です。

例えば短期(3ヶ月以内)の越境学習においても、事前の目的すり合わせや初期の業務・文化理解の時間設定は同様に重要です。超短期のワークショップ型・プロジェクト型越境においても、振り返りを促す仕組みや伴走者の設定は有効です。

いずれの場合も、越境学習者の主体性・希望を重視し、適切な距離感を保ちながら支援することの大切さは変わりません。成果創出と振り返りを両立させる設計も共通して重要です。

越境学習は組織の規模や業種、取り組みの背景などによって多様な形があり得ます。ガイドラインの内容を自組織の実情に合わせて柔軟に再構成し、「自社なりの越境学習と伴走のあり方」を編成していくことが推奨されます。

越境学習と伴走者の可能性

ここまで、経済産業省「越境学習の伴走者ガイドライン」の概要をご紹介してきました。越境学習とは「外に出て学ぶ」だけではなく、所属組織と越境先を往還することで、新たな視点や知見と出会い、それを組織に還元してイノベーションを起こしていくプロセスです。

このプロセスを成功させる上で鍵となるのが「伴走者」の存在です。伴走者は越境学習者を支援し、組織や越境先との橋渡しを担って、学びの効果を最大化する役割を持ちます。ただし、その支援は「詰めすぎず・放置しすぎず」のバランスが重要です。伴走過剰になれば越境学習者の自律性が損なわれますし、放置すれば孤立や意欲低下を招きます。

伴走者には様々なスキルが求められますが、それは一部の「選ばれた人」だけが持つものではなく、越境学習者に関わる多くの人が少しずつ身につけ、組織全体で支えていくことがベターです。伴走者自身も実践を通じて学び、成長していくことができます。

越境学習は、多様な価値観や知識を取り入れることで組織に新たな風を吹き込み、事業や組織のイノベーションを促進し得ます。しかし、その効果は自然に生まれるものではなく、適切な伴走があってこそ実現します。

本ガイドラインが、越境学習に取り組む企業や伴走者の方々の一助となり、より多くの組織でイノベーションの種が芽吹くことを願っています。越境学習の詳細や伴走の具体的な実践方法については、経済産業省から公開されているガイドライン本文をぜひご参照ください。

脚注

[1] 「越境学習を支える伴走者のための実践ガイドライン」はこちらから閲覧することができます。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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