ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

褒めること:人を動かす隠された力

コラム

「褒める」という行為は至る所に存在します。職場における上司からの評価、学校での教師からの言葉かけ、家庭での親子間のコミュニケーション。これらの場面で、褒めることは人々の行動や感情に様々な作用を及ぼしています。

心理学や教育学の分野では、褒めることの効果について数多くの研究が行われてきました。それらの研究は、褒めることが気分の向上だけでなく、人々の行動変容や関係性の構築に大きな役割を果たすことを明らかにしています。

本コラムでは、褒めることに関する研究知見を紹介しながら、その効果のメカニズムや実践的な意味について考えます。特に興味深いのは、失敗時でも努力を褒めることの意義、予想外の場面での褒めの効果、そして褒めることが具体的な見返りを生み出す可能性です。これらの知見は、私たちのコミュニケーションに新たな視点を提供してくれるでしょう。

失敗でも成功でも努力褒めが有効

学習場面において、どのような褒め方が効果的なのでしょうか。この問いに対して、英語学習者を対象とした調査が行われました。調査では、学生のライティング課題に対して、努力を褒める場合と知能を褒める場合で、学生の心理状態や学習成果にどのような差が生まれるかを検証しました[1]

英語を専攻する大学生180名が対象となりました。参加者は3つのグループに分けられ、それぞれ異なる形式の褒め言葉を受けました。努力を褒めるグループ、知能を褒めるグループ、そして褒めを受けないグループです。

各グループの学生たちは、成功と失敗の両方の場面を経験し、その際の動機づけや不安、学習に対する考え方などが測定されました。

調査の結果、成功場面においては、努力を褒められた学生たちは学習への意欲が高まり、「自分の能力は向上する」という考え方が強くなりました。一方で、知能を褒められた学生たちは、一時的な自信は得られたものの、学習に対する姿勢には大きな変化が見られませんでした。

失敗場面での違いはさらに顕著でした。努力を褒められた学生たちは、失敗後も学習意欲を保ち、不安の増加も抑えられました。ところが、知能を褒められた学生たちは、失敗後に不安が強まり、学習意欲も低下する傾向にありました。

このような違いが生まれる背景には、褒め方による認識の違いがあります。努力を褒めることは、「努力すれば成功できる」という考えを強化します。そのため、失敗しても「まだ努力が足りなかった」と捉え、次の挑戦への意欲につながります。

他方で、知能を褒めることは、「能力があるから成功できた」という固定的な考えを生みます。そのため、失敗した際に「自分には能力がない」という否定的な認識を引き起こしやすいのです。

この研究は、褒め方の選択が学習者の心理状態や学習成果に作用することを意味しています。注目に値するのは、努力を褒めることが失敗場面でも有効だという点です。私たちが他者を褒める際に、その人の能力ではなく、努力や過程に着目することの意義を教えてくれます。

重要だと感じれば行動変容につながる

褒めや批判は、それを受け取る側がどのように受け止めるかによって、その効果が異なります。アメリカとイギリスの職場を対象にした調査は、フィードバックの受け止め方と行動変容の関係について、興味深い発見をもたらしています[2]

調査では、フィードバックを与える側への信頼感と、フィードバックの内容をどれだけ重要と感じるかという二つの要素に注目しました。結果、フィードバックを与える人物への信頼が高い場合、褒めも批判も建設的に受け止められることが分かりました。特に批判的なフィードバックは、信頼関係があってこそ、仕事の改善につながりました。

文化による違いも見られました。アメリカの職場では褒めによるフィードバックが好まれる一方、イギリスの職場では批判的なフィードバックが受け入れられる傾向にありました。アメリカでは、褒めがモチベーションを直接的に高める手段として機能する一方、イギリスでは批判が学習と自己改善のきっかけとして認識される傾向があるのでしょう。

ただし、いずれの場合も、そのフィードバックを重要だと感じることが、実際の行動変容につながる鍵となっています。

調査結果は、褒めと批判のバランスが最も効果的であることも示唆しています。褒めだけ、あるいは批判だけでは、職場での改善は限定的なものにとどまりました。これは、褒めがモチベーションを高め、批判が具体的な改善点を示すという、それぞれの役割が相互に補完し合うためだと考えられます。

この研究には、職場におけるコミュニケーションに対する実践的な含意があります。フィードバックを行う際には、相手との信頼関係を土台としながら、その重要性を相手に理解してもらうことが大切です。そして、褒めと批判を組み合わせることで、行動変容を促すことができるでしょう。

行動特定型の褒めのトレーニングは有効

学校教育の現場では、教師による褒め方のトレーニングが生徒の行動改善に効果をもたらすことが明らかになっています。「行動特定型賞賛(BSP)」と呼ばれる手法が関心を集めています。この手法は、生徒の望ましい行動を特定して褒めることで、その行動を強化しようとするものです。

28件の研究を分析した論文によると、BSPのトレーニングを受けた教師は、生徒の望ましい行動を効果的に増やすことに成功しています[3]。トレーニングの方法は様々ですが、特に効果的だったのは、講義形式の基礎学習に加えて、実地指導とフィードバック、目標設定を組み合わせる方法でした。

講義形式のトレーニングでは、BSPの理論と実践例を学びます。これは多くの研究で基礎的な手法として採用されており、教師にBSPの基本概念を理解してもらう役割を果たしています。

実地指導は、教室における実践場面で指示やアドバイスを提供します。特に問題行動の多い教室では、即効性の高い効果が確認されました。

フィードバックは、教師のBSP実践に対して改善点や成功事例を直接的に伝えることで、実践率を向上させました。また、目標設定により、教師は具体的な基準を持ってBSPを実践することができ、持続的な改善が見られました。

これらの方法が効果を発揮するのは、BSPが望ましい行動を特定して褒めることで、生徒が教師の期待を明確に理解できるからです。また、教師自身も実地指導とフィードバックを通じて、自分の実践を振り返り、改善を重ねることができます。

事実、トレーニングを受けた教師のBSP使用率は増加し、それに伴って生徒の望ましくない行動も減少しました。BSPが生徒に「どの行動が期待されているか」を伝え、望ましい行動を強化する効果があることを指しています。

予想外の場合は他者称賛型の感謝をする

私たちは日常生活で様々な場面において感謝の気持ちを表現します。その表現方法には、「自己利益型」と「他者称賛型」という二つの主要なタイプがあります。

自己利益型は「これは私にとってとても助かります」のように、受け取った利益の自分への影響を強調するものです。一方、他者称賛型は「あなたの努力のおかげです」のように、恩恵を与えた人物の特性や行動を称賛するものです。

ある調査によると、予想外の恩恵を受けた場合、人々は他者称賛型の感謝表現を多く用いる傾向があることが分かりました[4]。具体的には、クリスマスプレゼントを題材にした研究が行われています。

参加者にクリスマスプレゼントを思い出してもらい、それに対する感謝の手紙を書いてもらいました。その結果、予想外のプレゼントを受け取った場合、他者称賛型の表現が多く見られました。その一方で、プレゼントへの満足度は、自己利益型の表現と関連していました。

予想外であることは、感情における「驚き」の要因となり、注意を引く作用があります。このとき、受け手はプレゼントがどのように生まれたかを考え、贈り主の努力や意図に焦点を当てやすくなります。そして、他者の行動に感謝の理由を見出すことで、称賛につながるのです。

さらに、社会的な動機づけも関係しています。感謝の表現は、社会的な関係を深める手段として機能します。特に、予想外さが高い場合、受け手は贈り手を「信頼できる関係者」として再評価し、関係性を強化する意図で称賛する可能性が高まります。

実験的な研究でも、予想外の恩恵が他者称賛型の表現を促進する効果が確認されました。贈り主との親密度が高い場合、この効果がより強く現れました。これは、親密な関係にある場合、恩恵に込められた意図を認識しやすくなるためと考えられます。

これらの調査をメタ分析した結果は、予想外さの効果は小さいものの一貫していることを示しています。予想外の恩恵は、「贈り主に焦点を当てる認知的プロセス」を強化しますが、「自己利益に焦点を当てるプロセス」は直接的には活性化しないということです。

褒めは金銭という返礼を促進

褒めには、見返りを引き出す力があることが、ある実験で明らかになりました。実験は、褒めという社会的な賞賛が、金銭という具体的なリソースとして返礼されるかどうかを検証したものです[5]

日本の大学生206名を対象に行われた実験では、参加者は自己紹介エッセイを書き、それに対する評価を受けました。その後、参加者は一定額の金銭(430円)を受け取り、そのうちいくらを評価者に分配するかを決定する課題に取り組みました。

実験の結果、褒めを受けた参加者は、他の条件の参加者と比べて多くの金額を分配する傾向が見られました。褒めを受けた参加者の平均配分額は約195円でしたが、褒めを受けなかった参加者や、褒めが金銭を得る意図であると疑われた参加者は、これより少ない金額を配分しました。

この結果の背後には、社会的な交換の仕組みが働いています。参加者は受けた褒めに対して、金銭という形で返礼しようとしたと思われます。これは、人が恩義を返すべきという社会的な規範に基づいた行動でもあります。

この効果は気分の良さによるものではありません。実験では、褒めを受けた後に別の相手と金銭配分を行う条件も設定されましたが、この場合の配分額は褒めを直接受けた相手への配分額より低くなりました。これは、褒めが返礼行動を促す効果があることを意味しています。

また、褒めの信憑性も重要であることが分かりました。褒めが金銭を得るための意図的な行為(お世辞)であると疑われた場合、配分額は低下しました。褒めが効果を発揮するためには、その真摯さが相手に伝わることが大切です。

褒めによる配分が極端な寛大さにはつながらなかった点も興味深いところです。参加者のほとんどは平均的な金額を配分し、過剰な返礼は見られませんでした。褒めは社会的な規範の範囲内で返礼行動を促進するということです。

職場で努力を真摯に褒める

ここまでに紹介した研究から、職場における褒めの活用について、いくつかの実践的な示唆が得られます。

褒める際には、相手の努力や行動に焦点を当てることが望ましいと言えます。能力を褒めるのではなく、プロセスを褒めることで、失敗時にも相手の意欲を保つことができます。とりわけ、新しい課題に挑戦する場面や、学習段階にある部下への指導において有用です。

また、フィードバックを行う際には、相手との信頼関係を築くことが基本となります。相手が上司からのフィードバックを重要だと感じるかどうかが、行動変容の鍵を握っているからです。褒めと建設的な批判をバランス良く組み合わせることで、効果的な行動改善が期待できます。

具体的な行動を特定して褒める手法は、組織全体で共有すべき実践でしょう。目標設定やフィードバックと組み合わせることで、望ましい行動の定着を促すことができます。予想外の良い行動を見つけた際には、相手の特性や行動を直接的に称賛することで、組織への貢献意識を高められる可能性があります。

最後に、褒めはコミュニケーションツールにとどまらず、見返りを生み出す可能性を持つことを認識する必要があります。ただし、褒めは真摯なものでなければなりません。意図的な褒めや表面的なお世辞は、かえって逆効果となることを心に留めておきましょう。

脚注

[1] Zarrinabadi, N., and Rahimi, S. (2022). The effects of praise for effort versus praise for intelligence on psychological aspects of L2 writing among English-majoring university students. Reading & Writing Quarterly, 38(2), 156-167.

[2] Earley, P. C. (1986). Trust, perceived importance of praise and criticism, and work performance: An examination of feedback in the United States and England. Journal of Management, 12(4), 457-473.

[3] Zoder-Martell, K. A., Floress, M. T., Bernas, R. S., Dufrene, B. A., and Foulks, S. L. (2019). Training teachers to increase behavior-specific praise: A meta-analysis. Journal of Applied School Psychology, 35(4), 309-338.

[4] Weiss, A., Burgmer, P., and Lange, J. (2020). Surprise me! On the impact of unexpected benefits on other-praising gratitude expressions. Cognition and Emotion, 34(8), 1608-1620.

[5] Matsumura, A., and Ohtsubo, Y. (2012). Praise is reciprocated with tangible benefits: Social exchange between symbolic resources and concrete resources. Social Psychological and Personality Science, 3(2), 250-256.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています